上司に新しい仕事を振られるのは,誰だっていやなもの。しかもそれが,負荷が増えるにも関わらず業績に直結するかどうかわ分からない仕事なら,なおさらかもしれない。

 もしあなたが,「会社のサイトでブログを書いてくれないか」と上司から頼まれたら,どう思うだろうか。文章を書くのは苦手,時間ばかりかかって効果がない,せっかく書いてもネガティブなコメントが寄せられるのでは……そんな後ろ向きの声が聞こえそうだ。

 日本の企業がブログを運営するようになって,1,2年しか経っていない。あまり人が見に来ない「失敗サイト」になる可能性だって高いし,何より売り上げに直結しない。やっかいな仕事を押し付けられた,と思うのが自然な反応だろう。

 だが,社員が会社のブログを書くことは,大きなチャンスかもしれない……企業がブログを活用する事例を集めた書籍『ブログ・オン・マーケティング 成功企業に学ぶブログ活用の極意』の編集を担当して,そう思うようになった。

 企業がブログを活用し成果を上げる事例は増えている。例えば,日産自動車のコンパクトカー「TIIDA(ティーダ)」では,販促目的のブログを運営しており,ブログを頻繁に訪れる人ほど成約率が高いという結果が出ている。また,リコーのコンパクトカメラ「GR DIGITAL」は,テレビCMなどのマス広告に頼らず,ブログを販促活動の中心にすえている。ブログにはGRシリーズの熱心なファンが集い,カメラの息の長いヒットを支えている。

 これらのブログを執筆しているのは,それまで人前に出ることのなかった,いわゆる“裏方”の社員だ。TIIDAのブログは,「日産自動車の山本です。」という一文からすべての投稿が始まる。ブログのナビゲーターを務めるのは,販売担当の山本知子さんだ。GRのブログは,商品企画担当者など6人が執筆している。

 ブログの記事は,プレスリリースのような公式発表とは違う。担当者が自分のことばで綴るもので,知恵を絞って工夫した跡が見られるのだ。TIIDAブログでは,シートに低反発ウレタンを使っていることを伝えるために指で押した感触をレポートしたり,184cmの男性を座らせてスペースがどれくらいあるか示したりする。GRブログでは,カメラとは直接関係のない部署の社員が,自分のGRシリーズに対する愛着を綴ったりする。

 日本ではマーケティング目的のブログが多いが,アメリカではITエンジニアやソフトウエア開発者が執筆するブログも多い。MicrosoftやSun Microsystemsなどの企業は,社員がブログを書くことを積極的に奨励している。日本でもこれからITサービス企業などのブログが増えてくるのではないだろうか。

 しかし現在では,多くの人が,自分の本来の仕事と会社のブログを書くことに,接点が見出せないと思うに違いない。一日会社にこもってプログラムを書いたり,トラブルのたびに呼び出されて不眠でサポートする自分が,いったいブログに何を書くのだ? というわけだ。

 自分の仕事とブログにどんな接点があるのか。これについては,「お天気の森田さん」ことお天気キャスターの森田正光さんのことばが印象的だった。森田さんがブログを書き始めたときは,及び腰で,いやなコメントを書き込まれたらどうしよう,という不安もあった。ところが書き続けることにより,自分の気象予報士としての使命を果たすために,ブログが最適だということに気が付いたという。

 「例えば寒冷前線が近づいてきたら山に行くなとか,日本海に低気圧があればスキーはしないほうがいいとか,そういうのは難しい気象知識ではないけれども,確実に,自分や自分の近い人たちの命を助けることができる。そういった気象知識を,ブログを通じて分かりやすく発信していきたいですね」

 多くの企業では,ブログの投稿を上司がいちいちチェックすることがなく,担当者が書いたものをそのまま公開している。自分のことばで書けば,顧客から信頼を得られるようになり,最終的には会社の売り上げにもつながる。こんな“社員ブログ”に興味を持たれたら,ぜひ『ブログ・オン・マーケティング』をご覧いただきたい。会社の中から情報発信する“社員ブロガー”の生の声が,顧客とのコミュニケーションの新しい可能性について気づかせてくれるはずだ。 この記事の目次へ戻る