図1 上司にとって,最も配慮が必要な部下のタイプ<BR>うつ病になるのは,気が小さい,プレッシャに弱い,周囲の目を気にしすぎる,打たれ弱いといった人ばかりでない。まじめで責任感が強く,上司が信頼している部下こそ,最も注意が必要だ
図1 上司にとって,最も配慮が必要な部下のタイプ<BR>うつ病になるのは,気が小さい,プレッシャに弱い,周囲の目を気にしすぎる,打たれ弱いといった人ばかりでない。まじめで責任感が強く,上司が信頼している部下こそ,最も注意が必要だ
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図2 うつ病にかかりやすい主なタイミング&lt;BR&gt;特に,極度に忙しい仕事が一段落したときや,昇進したときは要注意である
図2 うつ病にかかりやすい主なタイミング<BR>特に,極度に忙しい仕事が一段落したときや,昇進したときは要注意である
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図3 うつ病の代表的な兆候&lt;BR&gt;部下の心の病を早期発見するためにも,日ごろからコミュニケーションを図って,「普段と違う部下」に気づくべきである
図3 うつ病の代表的な兆候<BR>部下の心の病を早期発見するためにも,日ごろからコミュニケーションを図って,「普段と違う部下」に気づくべきである
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 うつ病は,早期発見が極めて重要である。何の兆候もなく突然発症することはまずない。日常の仕事でストレスが少しずつ蓄積する過程で,必ず何らかの兆候が表れる。兆候を上司が早期に発見して適切な対策を施せば,心の病を防げるだけではなく,治療が必要な場合でも職場復帰に要する期間を短くできる。

 それには「普段と違う部下」に気付くことである。その前提となるのが,日ごろから部下との密接なコミュニケーションを心掛けることだ。メールだけで連絡せず部下と会って話す,飲みに誘う,といったフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションが欠かせない。

 兆候を早期に発見するためには,うつ病にかかりやすい「タイプ」と「タイミング」も知っておくべきだ。

 気が小さい,プレッシャに弱い,周囲の目を気にしすぎる,挫折したことがなく打たれ弱い…。うつ病にかかりやすいタイプとして,こんなイメージを持っていないだろうか。確かに,そういうタイプの人がうつ病にかかることもある。しかし筆者が30年来,ITベンダーでカウンセラーを務めてきた経験から言うと,最もうつ病になりやすい人は違う。それは,「まじめで責任感が強い人」である(図1[拡大表示])。

 どんな仕事でも手を抜かない,無理な仕事でもやり遂げようとする,決して弱音を吐かない。そんな部下がいれば,上司としては頼もしい限りだろう。しかし同時に,うつ病になりやすい条件がそろっていることに気を付けなければならない。

 まじめで責任感が強いから,上司は多くの仕事を割り当てる。それでも恨めしく思うどころか,「仕事を任せてくれるのは上司の期待の表れ」,「失敗すれば自分のせい」と考える。どんな仕事も手を抜かないので,精神的にギリギリの状態が続く。しかも,こういうタイプの部下はストレスがたまっても,なかなか自分から訴え出ない。

 実際に筆者は,部下がうつ病にかかったことを知って「まさかあいつに限って…」と狼狽する上司を何人も見てきた。信頼できる部下ほど要注意であり,フォローが必要である。

タイミングに注意する

 一方,うつ病にかかりやすい代表的なタイミングとしては,まず「忙しい仕事が続き一段落したとき」が挙げられる。張りつめていた緊張感が途切れることが,うつ病の引き金になることは非常に多い。これを一般に「荷下ろしうつ」と呼ぶ。

 また,「昇進してから数カ月たったとき」も要注意である。昇進時には責任が増え仕事の内容も変わるだけではなく,上司からのプレッシャもきつくなるため,ストレスをためがちになる。これがうつ病のきっかけになるのだ。これは一般に「昇進うつ」という。

 このほか,異動・転勤後,これまでにない大きな仕事を任されたとき,仕事上で大きな失敗をしたときも,うつ病にかかりやすい。上司としては,部下がこうした状態にあるときは,特に注意が必要である(図2[拡大表示])。

 もちろん仕事ではなく,プライベートな原因でうつ病にかかるケースも多い。例えば,家族や親しい人を亡くす,災害に遭う注2),病気で長期入院する,といった場合だ。部下がプライベートで抱えている問題に気付くためにも,やはり日ごろのコミュニケーションは欠かせない。

体の問題として受診を勧める

 上司としては,うつ病にかかりやすいタイプとタイミングを把握したうえで,うつ病の兆候,つまり「普段と違う部下」に気付く必要がある。

 うつ病の兆候としては,「遅刻や休みが増える」,「仕事のクオリティが落ちる」,「身だしなみが多少だらしなくなる」,「話しかけたときの応対がおかしい」などがある(図3[拡大表示])。

 部下に何らかの兆候が表れた場合,何日か気に留めて様子を観察する。その状態が2週間続けば,上司としては,速やかな対処が必要になる。会社に産業医や保健師,カウンセラーなどの産業保健スタッフがいる場合は,なるべく早く相談に行かせる。上司自身が産業保健スタッフと相談することも大切だ。産業保健スタッフが,精神科や心療内科などの専門医に診てもらうことが必要と判断した場合は,部下に受診させることになる。会社に産業保健スタッフがいない場合は,外部の専門医の受診を勧める。心の病ではなく,取り越し苦労になるかもしれないが,放っておいて悪化させることだけは絶対に避けたい。

 ただし自分がうつ病であることを認めたくないために,専門医の受診はもちろん,産業保健スタッフへの相談にすら強い抵抗を示す人もいる。こうした場合は,「きみはうつ病かもしれないから相談に行け」とストレートに言うよりも,「最近,やせたようだね」,「食欲がないようだけど」というように,「体の問題」として受診を勧めるとよい。

 それでも「大丈夫です」と言い張る部下には,「きみの存在は我々にとって大きな財産だから,もし病気なら,きちんと治して欲しい」と,健康上の問題を心配していることをはっきりと伝える。上司の気遣いが伝われば部下は納得するはずである。


菊地 章彦/臨床心理士 日本産業精神保健学会常任理事 ヒューマンリエゾン社長
中央大学文学部教育学専攻心理学専修卒,筑波大学大学院教育研究科修士課程(カウンセリング)修了。25年間にわたり大手通信会社のカウンセラーを務めたのち,1998年にヒューマンリエゾンを設立。大手電機メーカーなどのカウンセラーを務めつつ,個人向けにもカウンセリングを行っている。日本におけるカウンセラーの草分け的な存在。日本産業精神保健学会・常任理事,産業カウンセリング学会・理事

次回に続く
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