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 米エアゴーネットワークスは複数のアンテナで送受信するMIMO技術を搭載した無線LANチップを2004年から出荷している。現在は最大126Mビット/秒(物理層速度)の「第3世代True MIMO」を出荷中だ。MIMOは次世代の無線LAN規格IEEE802.11nの主要技術として検討されているが,2006年5月に11nのdraft1.0が否決された。エアゴーネットワークス 技術本部長の高木映児氏に,標準化作業の進捗状況や11n対応チップの出荷スケジュールなどについて聞いた。

---1月に固まった11nのドラフトが4月末のTGn(11nの規格化作業を担当するタスクグループN)で承認されなかったという。これにより標準化作業は大幅に遅れてしまうのか?

 draft1.0は否決されたが,draft1.0の修正版に相当するdraft2.0の作成作業は着々と進められている。うまく作業が進めば7月にも完成するだろう。不完全だった案を,適切な形に修正するという,ごく当たり前のプロセスが進んでいるだけのことだ。作業ピッチは落ちていないので,現段階で標準化作業に遅れが生じているわけではない。

---11nのこれまでの開発経緯を教えてほしい。

 11n規格の基となった開発チーム「High throughput SG」がIEEE802.11内に組織されたのは2002年9月のことだ。このとき,エアゴーは「MIMO OFDM技術」を提案した(注:MIMO OFDM技術は,11a/gで使われている高効率変調技術である「OFDM」と,複数のアンテナで送受信することによって空間内に複数の伝搬路を論理的に設定する空間分割多重技術である「MIMO」を組み合わせた技術のこと)。

 その後11nが組織され,2004年5月に11n規格案となるプロポーザルの受付が始まった。エアゴーが参加する「WWiSE」をはじめ,いくつかの提案グループが組織された。2005年3月までに提案は三つに絞られ,これらの提案を一本に絞る投票(ダウン・セレクション)が実施された。だが,どの案も十分な賛成票を集められなかった。

 そこでダウン・セレクションによって提案を絞るのではなく,複数の案を組み合わせた折衷案「ジョイント・プロポーザル」(JP)を作り,これを原案とする手法を採ることになった。この流れに沿う形で,WWiSEやTGnSync(WWiSEと競合関係にある提案グループ)に参加するベンダーに加えて,中立派ベンダー,パソコン・メーカーなどの手によって新たな業界団体EWC(Enhanced Wireless Consortium)が生まれた。

 2006年1月に開催されたTGnの前に,EWCのプロポーザルを11nのJPとするための話し合いがもたれた。この話し合いの結果,EWCのプロポーザルを11nのJPとして提案することになった。これを受けて開催されたTGn会合の場で,JPが満場一致で11nのプロポーザルとして承認された。

 ただしTGnで承認された案はdraft0.02だった。TGnの会期中に作業が進展し,会期終了時点にはdraft0.04になった。その後draft1.0が完成し,レター・バロット(IEEE会員がチェックできる状態で行う投票)が始まった。レター・バロットが締め切られたのが2006年4月29日。投票の過半数が「draft1.0はそのままでは承認できない」という否決票だった。これにより,draft1.0は否決されることになった。

---否決された決定的な部分はどこか。

 否決された際,技術的な部分で3000,全体で1万ほどのコメントが付いた。多くのコメントが寄せられたわけだが,一言でいうと,やはりまだ検討が十分ではなかったということだ。

---では,標準化作業は白紙に戻るのか。

 そうではない。レター・バロットで指摘された部分は修正しなければならないが,修正が不要な部分もたくさんある。また,一部の機能については,draft1.0の作成チームとは別のチームが別途仕様作成に当たっていたが,そこでの成果はdraft2.0に反映されることになるだろう。

---draft1.0でチップを作っているメーカーがある。これらのメーカーは,ファームウエアでdraft2.0にアップグレードできると思うか。

 私は懐疑的に見ている。draft1.0は,コンセプトを固めたというレベルのものだった。チップを作れるレベルには達していなかった。キャリア・センスをどうするかなど,無線LANをきちんと使えるようにするためには欠かせない部分が十分ではなかった。チップ・ベンダーならわかること。だからこそ,レター・バロットで多くの関係者が「このままではダメだ」と否決したわけだ。

---11nの標準が出来上がるのは,いつくらいになると見ているのか。

 draft2.0が7月のTGnで承認されれば,2007年1月にスポンサー投票にかけられるだろう。そうなれば,2007年7月の802.11ワーキング・グループで承認され,同年10月に11nのスタンダードが出版されるという流れになる。もしdraft2.0が否決されれば,2カ月後の9月会合に向けてdraft3.0が作成されることになるだろう。

---規格の出版が2007年10月ということは,11n準拠製品が市場に出回るのは来年の秋以降になるのか。

 製品化はもっと早い。スポンサー投票が終われば仕様が固まるので製品化できる。また,Wi-Fiアライアンスでの認証プログラムも始まる。予定通りに標準化が進めば,11nの認証プログラムは2007年春ごろに始まるだろう。

 Wi-Fiアライアンスでは,認証プログラムの作成に先立ってプラグフェスタと呼ばれる予備的な相互接続テストを実施している。プラグフェスタは,規格が固まっていない段階でも実施されている。誤解してほしくないのは,プラグフェスタに参加することと,認証プログラムで認証を受けることはまったく別であること。相互接続性の保証は,認証プログラムにパスすることだけだ。

---エアゴーはすでにOFDM MIMO技術を実装した高速製品を出荷しているが,11n製品を出すメリットは何か。

 MIMOモードをエアゴー独自の付加価値としてだけでなく,他社の製品と接続する場面でも使えるようにしたいというユーザー・ニーズに応えられることだ。特にホーム・ネットワークではMIMOモードでの高速接続が重要になる。

 また,11n準拠といっても,チップメーカーによって性能や速度は異なる。エアゴーは,当社の創設者がMIMO OFDMの開発者であったり,2004年からチップを出荷するなどしているので,MIMO技術には自信がある。またこれまで多くのユーザーから製品に関するフィードバックをもらい,それを実装ノウハウに生かしてきたという経験もある。これらのノウハウは,電波環境が厳しいところでも高速で通信できるという特徴に生かされている。テストしてもらえばすぐわかる。他社製品より速度が落ちないはずだ。

---11nチップは,現行の無線LANチップより高速になるか。

 我々の最新チップ「第3世代True MIMO」の速度は,物理層速度で126Mビット/秒,TCPの実効速度で約70Mビット/秒である。これは2ストリーム(二つの論理的な伝搬路を使う空間多重方式のこと)の構成だ。11nでは同じ2ストリームでもう少し速くなる。MAC部分の改良効果が期待できるからだ。物理層速度で130Mビット/秒,TCPの実効速度で最大90M~100Mビット/秒程度になるだろう。

---エアゴーの出荷スケジュールを教えてほしい。

 draft2.0あるいはdraft3.0が承認されれば,その後の変更はファームウエアのアップグレードで済むようになると思う。そこで今は,draftが承認されるまでは現在出荷中の第3世代チップを販売し,draftが承認された段階で後継となる11n対応チップを準備する。その後,Wi-Fiアライアンスの認証を受けて,正式な11nチップを出荷する予定だ。

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Wi-Fiアライアンス
IEEE802.11n
MIMO(マイモ:multi-input multi-output)
OFDM(orthogonal frequency division multiplexing)