昨年10月に2社が合併して誕生したUFJニコスは,3月の新本社開設に合わせてIP電話システムを導入した。目的は,ソフトフォンやアプリケーション共有を活用した社内コミュニケーションの強化。合併効果を高めるには,コミュニケーションの円滑化が不可欠と判断した。

 「文化が違う二つの企業が一緒になったことによる合併効果を早く出したい。そのためには社内コミュニケーションの強化が必要だ」(UFJニコスの松本佳也・システム部システム企画グループ調査役)。

 UFJカードと日本信販の合併によって2005年10月に誕生したUFJニコス。全国に86支店と30カ所の業務センターを抱える信販/クレジットカード会社大手だ。同社は2006年3月20日,東京・秋葉原の駅前のビルに新本社をオープン。これに合わせてIP電話システムを導入した。


図1●2006年3月の新本社開設に伴いIP電話を導入 社内コミュニケーションの強化,電話の利便性向上,ネットワーク保守・運用作業の軽減──の三つが導入の狙い
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図2●UFJニコス新本社のIP電話ネットワーク
IP電話サーバーと回線収容装置,ソフトフォン,PHS基地局,固定型PHS端末など主要部分は日立製作所のソリューションを採用。IP電話システムの詳細は「日経コミュニケーションEXCLUSIVE」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/NCC/ex.html)に掲載。<

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写真1●UFJニコスの塩野譲・常務執行役員事務システム本部長
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写真2●ソフトフォンが備える多彩な機能 テレビ電話,ホワイトボード,画面共有,チャット,ファイル転送──などを利用できる。<
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図3●新本社には5種類の電話機を配備 用途や業務内容によって使い分けている。
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 同社がIP電話導入の目的の柱に据えたのは,(1)社内コミュニケーションの強化,(2)電話の利便性向上,(3)ネットワーク保守・運用作業の軽減──の3点。中でも重視しているのは,社内コミュニケーションの強化である。IP電話のアプリケーション連携を進め,遠隔地にいる社員間でも効率的に業務を進められるようにする(図1[拡大表示])。

 具体的にはソフトフォン*を導入し,テレビ電話や画面共有を使っての共同作業,クリック・トゥ・コール*などの機能を利用。さらに,モバイル端末として構内PHSも配布する(図2[拡大表示])。松本調査役は,「IP電話のアプリケーション連携とモバイル端末を活用すれば,社内コミュニケーションの迅速化が図れる。これらを武器に,討議提案型のワークスタイルを目指す」と意気込む。

「PBX置き換えはきっかけに過ぎぬ」

 同社がIP電話の導入を検討し始めたのは,新本社の決定を対外発表した昨年10月から。旧本社ではレガシーのPBX(構内交換機)を使っていたが,新本社への移転が決まった際に,そのまま使い続けるかIP電話にするかを検討した。その結果,今後はIPが主流になると判断。IP電話導入に踏み切った。

 PBXを更新するタイミングでIP電話の採用に踏み切るユーザー企業は多い。だが塩野譲・常務執行役員事務システム本部長は,「当然,PBXの置き換えに伴ってIP電話を入れただけでは意味がない」と主張する(写真1[拡大表示])。

 IP電話導入の大きな目的の一つにコスト削減もあるが,同社の場合はこれが最大の要因ではない。「多くの企業が,IP電話でどれだけコスト削減できるかという課題にチャレンジしている。しかし音声系で劇的なコスト削減を達成できている企業は少ないのではないか」(塩野常務執行役員)。

 UFJニコスが目を付けたのは,新本社に勤務する約1000人の社員全員に導入したソフトフォン。異なる文化を持つ2社をシームレスに融合させるツールとして活用する。昨年10月の合併時に作成した「顧客第一主義」,「革新的で挑戦的な取り組み」,「迅速な決定と俊敏な行動」,「責任を持ち信頼を得る」──から成る行動指針を着実に実践するうえでも,こうした仕組みは欠かせなかった。

ソフトフォンで業務を効率化

 今回導入したソフトフォンはテレビ電話,ホワイトボード,画面共有,チャット,ファイル転送などの機能を備える(写真2[拡大表示])。これまで社員はアプリケーションで作成した文書を使って議論などをする場合,メールでファイルをやり取りしていた。しかしソフトフォンの導入後は,電話をかけながらWordやExcelのアプリケーション画面の共有を実現。しかも単に文書を閲覧するだけではなく,共有メンバー間で編集する権利を受け渡しながら相互に修正を加えることも可能だ。

 またクリック・トゥ・コールは,内線電話をかける作業を効率化するために活用している。これもIP電話のアプリケーション連携の一環。社員がパソコンの画面上に表示された電話番号をクリックするだけで,手元のIP電話機が発信を始める。

テレビ電話機能に大きな期待

 数あるソフトフォン搭載機能の中でも,UFJニコスが今後に大きな期待を寄せているのがテレビ電話。同社は全国に拠点が散らばっており,社員同士が顔を合わせないケースも多い。

 テレビ電話機能が付いたソフトフォンを新本社以外の拠点にも導入していくことで,社員間コミュニケーションの弱点を補う。例えば,支店長と本社の営業担当が相談するケースなどで活躍すると見ている。顔を見ながら話ができれば,人事評価の面談すらわざわざ出張しなくても可能になると言う。「これからは顔を合わせてのコミュニケーションが極めて重要。リテール・ファイナンスの業界トップを目指すには,価値観の共有が不可欠になるからだ」(塩野常務執行役員)。

 また同社は,IP電話とグループウエアとの連携についても検討を重ねていくという。

機動力求める社員に構内PHS配布

 コミュニケーション強化には,構内PHSも一役買っている。新本社に導入した端末は,前述のソフトフォンのほかIP電話機,移動型および固定型の構内PHS端末,停電時にも使える固定電話機の5種類に及ぶ(図3[拡大表示])。IP電話と構内PHSのシステムは,日立製作所のソリューションを採用。選択の決め手はIP電話とアプリケーションの連携だと言う。インテグレーションはNTTコミュニケーションズが担当した。

 このうち移動型構内PHS端末を配布したのは,打ち合わせが多い社員250人。自席にいなくても電話を受けられるようにすることで,席にいる社員の電話取り次ぎ業務を軽減し,本来の業務に集中できる環境を整えることを狙った。そのためPHS端末は,部署単位ではなく,打ち合わせが多い社員からの申し出を受けて配布した。構内PHSは,回線収容装置を介してIP電話につながっている。

 移動型とは別に,固定型の構内PHS端末も約40台導入した。「急きょ大きな会議を開くことになり,多数の電話機を集める必要が出てきた際に,固定型のPHS端末を集めてきて並べるような使い方を想定している。そのために会議室を中心に配備した」(システム企画グループの北原学グループ長)。

 移動型の構内PHSを持たない750人の社員はIP電話機を利用している。このIP電話機には,オフィス内の配線を減らす狙いもある。イーサネット・ケーブルをデータ転送に加え電源供給にも用いるPoE(power over Ethernet)対応のものとした。このIP電話機にパソコンを接続するカスケード接続*も可能だ。

 このほか停電が発生したときに備えて,停電時にも使える電話機を約40台導入した。この端末は電話局からの給電を受けられるため,停電時も継続して使用できる。

目下の課題は社員の活用促進

 UFJニコスが今回のシステムを使い始めたのは3月。IP電話,構内PHSともに利用を始めてまだ日が浅い。そこで2006年の下期までは新本社でトライアル的な意味合いも兼ねて活用し,課題の整理といった作業を重ねていくことにしている。

 例えばPHS端末で話しながらパソコンを使う活用方法は,多少の不便さを伴う。PHS端末をあごではさみ止め,両手を使えるようにするのは難しいからだ。「パソコンと本格的に連携させるには,ヘッドセットを利用する必要があるのではないかと感じている」(北原グループ長)。

 目下の課題は,いかに新しい電話システムを社員に活用してもらえるようにするかということ。便利な機能を数多く盛り込んだものの,まだ使いこなせず導入後も電話の使い方を変えていない社員が多いと見ている。そこで同社は,使いこなしを醸成するための施策を実行に移している最中。既に説明会を開催したほか,今後は各部署に活用を推進する担当者を置いたり,マニュアルを作成したりするなどの作業を予定している。

IP電話は他拠点展開も視野に

 本社でのIP電話アプリケーションの採用は,全社展開への第一歩。トライアルでの利用状況や反省点を踏まえ,ほかの拠点に展開していく。他拠点への展開が始まると同時に,テレビ電話の本格活用もスタートさせる計画だ。

 もっともIP電話自体は,新本社以外の一部拠点でも導入が始まっている。名古屋,大阪の一部支店,長野,春日井などで拠点内だけのIP電話を使用中だ。だが本社とは未接続であるため,今後はこれらの拠点と新本社とのIP電話の接続に着手する。

 本社と他の拠点との音声通話は,現在はNTTコミュニケーションズの「メンバーズネット*」を使用中。定額料金で内線網を構築している。この内線を少しずつIP化し,データ用のWANに統合していく計画だ。

 データ用のWANは現在,二つの広域イーサネット・サービスを冗長化して利用している。KDDI(旧パワードコム)の「Powered Ethernet」とNTTコミュニケーションズの「e-VLAN」だ。本社と各拠点をIP内線電話で結ぶ際は,これらの広域イーサネットに優先制御をかけながら音声データを通す予定にしている。