ライブドア、アイフル、損保ジャパン、そして村上ファンド。
 2006年に入ってから、検察や金融庁などによる法令違反の摘発が相次いでいます。売り上げ、もしくは利益の拡大を第一に追求し、時にはルール違反も辞さないという企業体質に、見直しが迫られているといえそうです。コンプライアンス部門の創設や、監査機能の拡充によって、不適切な取引慣習を改め、「自浄」機能を高めようとしている企業も増えています。

 とはいえ、せっかく行動指針や取引のガイドラインを作成しても、「これはタテマエ。こんなルールを守っていたら、ビジネスの競争には勝てない」と現場が思うようでは役立ちません。「コンプライアンスは重要」と言われて久しいのに、コンプライアンス違反が相次ぐのは、(確信犯の経営者の存在もさることながら)現場の意識とのかい離も大きな要因ではないでしょうか。

 例えば2002年に牛肉の偽装事件を起こした日本ハムでも、事前に行動規範が策定されて社員に配布されていました。にもかかわらず、現場で「競争に勝つ」「利益を上げる」ことを優先したために、コンプライアンス違反が起こりました。日本ハムでは事件後、社員自らが行動規範を策定し、現場主導の勉強会などで職場に浸透するよう地道な努力を続けています。その歩みは日経情報ストラテジー8月号でレポートする予定です。

贈賄は悪だが・・・

 一方で、コンプライアンス部門の意識改革も始まっています。「タテマエ、きれいごと」から脱して、「現場から頼りにされるコンプライアンス部門」の確立を目指し、担当者同士が企業の壁を超えて、情報共有やガイドライン作りに取り組む動きも始まっています。その一例が麗澤大学企業倫理研究センターに組織された「R-BEC006プロジェクト」。企業倫理研究の第一人者である麗澤大学の高巖教授を中心に、弁護士や学識経験者などで構成するプロジェクトです。企業の法務やコンプライアンス担当者の協力を得ながら、コンプライアンスに関する意思決定のガイドライン作りに取り組んでいます。

 同プロジェクトが現在取り組んでいるのが「外国公務員贈賄防止問題に関する意思決定支援ツールの開発」です。「贈賄」というとおどろおどろしい響きもありますが、発展途上国などの一部では、外資企業がビジネスを展開するにあたり、現地の公務員に金品を渡すことが商慣習化しているのも事実です。

 不正競争を防止するため、1997年にOECD(経済協力開発機構)で外国公務員贈賄防止条約が結ばれ、2004年には日本でも不正防止法が改正されました。従来は外国公務員への贈賄行為が日本国内で実行された場合に処罰と対象となりましたが、改正後は日本人であれば世界のどこで不正な利益の提供を行っても処罰されることになったのです。日本版SOX法(金融商品取引法)が施行され、企業の内部統制が厳しく求められるようになると、この問題への対応はさらに重要になると予想されています。

 とはいえ、すべての支払いが処罰の対象となるわけではありません。例えば手続きを円滑に行うための小額の支払い(ファシリテーション・ペイメント)に関しては一部認められています。ただし何をもってファシリテーション・ペイメントとするかについては明確な定義がなく、不正取引を目的とした支払いとの線引きがあいまいです。そこでR-BEC006プロジェクトでは企業の実例などを基に、支払いの許容範囲についてのガイドラインを定めようとしています。企業の法務やコンプライアンス担当者から外国公務員贈賄に関する事例をヒアリングして、モデルケースを作成します。このケースを公開研究会で発表し、企業の参加者などからの意見を反映してブラッシュアップしていきます。

 モデルケースは「A国で工場を建設している途中に、隣国のB国の工場で大規模な火災があり、担当者が支援にいくためにA国政府にビザの発給を求めたが、迅速に発給するには心づけが必要といわれた」「C国での大型建設工事の受注に当たってある現地のエージェントを利用した。政府中枢と接点があることを理由に、ある時点から急に高額の仲介手数料を要求された」といった生々しいものです。各ケースについて支払いの額や背景事情、切迫度などの観点から判断基準を整理し、どのようなケースなら支払ってもよいかを検討していくものです。

 「法務やコンプライアンスの担当者からすると、リスクを最小にするためにはすべてのケースで支払いを拒否するのが最良なのです」とプロジェクトリーダーを務める高先生は話します。しかし、そうすると現地でのビジネスを失ってしまいます。「だから現場は、法務やコンプライアンス部門の意見を仰がず独断で贈賄を行う。こうなると企業の内部統制システムが機能しなくなり、いつかは露見して法と社会の制裁を受けることになってしまいます」

横のつながりで武装する

 コンプライアンス部門が企業の法令順守の「要」として機能するには、時々刻々と変化する法令の動きを追いつつ、ビジネスでの適用を合理的に判断する力が必要なのはいうまでもありません。同時に現場に対しては「なぜ、その行為をしてはいけないか」を納得させ、万が一コトが起こった際には行政や司法に対して行動の正当性を説明できるよう、証拠の保全や理論武装を行うことも求められます。こうした責務を果たすには、1社のコンプライアンス担当者では限界があるでしょう。だから「R-BEC006プロジェクト」のような取り組みを介して、多くの企業が情報を共有し、知恵を出し合う体制が求められるのです。

 ムラ組織のオキテからグローバルなルールへ---。日本版SOX法の施行も現実となりつつある今、日本企業が拠って立つ基盤は大きく変わろうとしています。規則は変わっても、人の意識や行動は一朝一夕には変わりません。だからこそ、それを変える役割を担う人には「武器」が必要となります。企業の壁を超えた情報共有の取り組みは、その一つとなることでしょう。