前回は,導入後にレイムダック化(弱体化)したダメシステムは経費の大食漢なので,思い切って切り捨てる,一時封印する,あるいは既存のレガシー・システムやローカル・システムを容赦なく葬るべきだと指摘した。

 そして「新システムを旧業務に適用しただけ」では所期効果が出ないため,業務見直しを実施した東京マリンの例を取り上げた。

 今回は,同じようなケースでグループウエアを導入したA社,設計業務向けERP(統合業務パッケージ)を導入したB社の事例を取り上げよう。やはり所期効果を引き出せず,業務見直しからやり直した事例である。従来取り上げた例と若干重なる部分が出てくるが,現象面という視点を変えての議論なので,多少の重複はご容赦願いたい。

 グループウエアは「新システムを旧業務に適用しただけ」というケースに頻繁に登場する,典型的なシステムである。自社を「先進的企業」にするため,経営者の意向でいきなり導入されることが往々にしてあるからだ。経営者は社内や取引先との間でメールが行き交うことで,いかにも先進企業になったと誤解しがちだ。しかし,グループウエアを導入しただけでは,書類も会議も減らない。現場の有効な意見が吸い上げられなければ,仕事の効率も上がらない。

 A社では,従来の会議のあり方について何の改革の手も打たないままグループウエアを導入し,会議の効率化を目指した。しかし結果は,従来の会議にグループウエアという屋上屋を重ね,今まで以上に会議に追われることになった。例えば,定例部課長会議や定例安全衛生会議という上位下達や統計資料連絡の会議は,グループウエアだけで済みそうなものだ。しかし,それでは緊迫感がないという理由で,グループウエア導入後も全員出席の会議が続いた。月一度の支店長会議も,支店業績フォローアップという重要テーマがあるので,面と面をつき合わせてのチェックが欠かせない。業績会議も同じだった。

 このままではグループウエア導入の効果は,いつまでたっても期待できない。そう気付いたA社は,改めて会議の改革に着手した。まず,従来の会議数を30%減らすため,事務局からの単なる連絡や上意下達を目的とする会議を俎(そ)上に上げ,そのほとんどを廃止した。残った70%の会議も,半数は資料を配布した上でメンバーの直接出席を3回に1回とする。そして,残り半数の会議だけにメンバーが毎回直接出席する,会議の所要時間は従来の2時間から1時間に半減する,という目標を立てた。それらが軌道に乗るまで,思い切ってグループウエアをいったん封印した。

 しかしグループウエアの封印は,会議を続けたいライン部門にとっては痛くもかゆくもない。会議改革についても,社内の賛同はなかなか得られなかった。やはり単なる連絡や書類配布だけでは心配で,顔を合わせる会議の方が安心なのである。会議時間も建前は1時間だったが,実質2時間をかけていた。

 そこでA社では,管理者や現場の実力者を重点対象にして,意識改革のための教育を実施した。こうして,ようやく会議の数は減り,会議の効率が上がるようになった。グループウエアの再開には半年ほどかかったが,グループウエアを使った「会議」も軌道に乗るようになった。CIO(最高情報責任者)の不退転の決意と,重点的に実施した第一線管理者・実力実務者の意識改革が会議を変えた。


システムを止めて設計変更手配の実施を徹底

 電子部品メーカーのB社は設計業務のERPで,デザイン・レビュー,設計変更手配などの機能アップを実施した。しかし,従来業務に手を加えずシステム機能をアップしたため,業務がシステムに付いていけない。システムはリストや画面をアウトプットし続けるものの,なかなか使われなかった。ちなみに,設計完了後の資材手配や生産手配などの設計手配は,従来から自動化されていた。

 デザイン・レビューでは,設計仕様を最終決定する前に検査・製造など関連部門の意見を聴取して,設計に反映する。新しいシステムはデザイン・レビューの資料やチェックリストなどを出力するため,段取りまでの効率は向上した。しかし,デザイン・レビューの中身は有名無実のまま。欠席者や形式的な代理出席者が依然として多く,建前の議論が交わされていた。

 実現が困難視されていた設計変更手配も,新しいシステムでやっと実現した。設計変更データを入力すると,図面変更・変更仕様書発行・資材や製造など関連部門への指示を一貫して処理する効率的なシステムである。

 しかし,B社の設計者は顧客の短納期要求やトラブルで,いつも納期に追われている。このため裏では想像を絶することが行われていた。設計変更が約束納期や工程進度にいよいよ間に合わなくなると,設計者が製造現場に忍び込んで,自分で基板を交換していたのだ。当然,設計変更手配は省略され,設計変更データは入力されない。システムは無意味に稼働するだけとなった。

 筆者の助言で,B社は機能アップした設計システムの稼働を思い切って止めた。そして,デザイン・レビューの質を上げたり,設計変更手配を確実に実施するための業務改革に着手した。

 しかし,自己主張の強い設計者の協力を得るのは,言語に絶するほど困難だった。B社ではトップの勇断で設計部門のオピニオン・リーダーを集めた業務改革チームが啓蒙活動を続けた。これらが効を奏して,業務改革が軌道に乗りシステムを再適用するまでには,結局,1年を要した。

 単に旧業務に適用しただけの新システムを改めて効果的に稼働させるには,業務改革が欠かせない。しかし,業務改革は簡単なものではなく,実現には複数の要件が求められる。やり直すためには,一から出直すというトップの決断,関係者の意識改革,それを実行する優れたスタッフなどが複合的に求められる。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp