今回からしばらく,導入後にレイムダック化(弱体化)しているダメシステムの甦生について,現象面からとらえることを試みてみたい。これまでの連載では,IT導入の成功要件という視点から,テーマを「人材」「トップの関与」などに単純化して分析してきた。しかし,レイムダック化を現象面からとらえることができれば,要件が複雑に絡み合っていることが分かり,議論がより実態に近くなる。

 システムが所期の効果を出せずにいるケースは,現象面から次の2つに分類できる。

1.新システムは稼働しているものの,旧業務に新システムを適用しただけ。
2.新システムのほかに,既存のレガシー・システムや部門単位のローカル・システムが稼働しており,それらの方が新システムよりも使われている。

 それぞれについての応用編はあるが,ダメシステムは基本的にどちらかのケースに当てはまる。いずれも,ダメシステムにいつまでも未練がましくしがみついていないで,金と時間と手間を掛けることをいとわず抜本的な手を打つか,さもなくば思い切って切り捨てた方が,企業のためになる。あるいはレガシーやローカルのシステムを情け容赦なくたたき出して葬るべきだ。なぜなら,ダメシステムは経費の大食漢だからだ。もっとも経営者や幹部が,システムのダメさや並行して稼働しているレガシー・システム,ローカル・システムに気付かなければ,動くことさえできないが…。

 今回はケース1,旧業務のまま新システムを適用して体裁をつけただけのケースを,現象面から考えてみたい。


トップの英断で再度の業務改革を実施

 このケースを取り上げるとき,バイブルのように思い出す優れた事例にまず触れておこう。旧聞に属するが,海運業である東京マリンでのERP(統合業務パッケージ)導入である。

 東京マリンでは1999年6月に2億円をかけてERPを導入し,2000年7月に全面稼働させた。しかし,同社の桑野訓社長(当時,現在は会長)は,このプロジェクトを「失敗」と断じ,2002年から専任チームを作って,再び本格的な業務改革に取り組んだ。桑野社長がプロジェクトを失敗とした理由は,「従来の業務プロセスをそのまま,高価な会計ソフトに置き換えたに過ぎない」と考えたためだ。「システムが近代的かどうかよりも,経営に役立つ仕組みが確立しているかどうか,顧客に対して,従来よりもよいサービスを提供できる体制になったのかどうかが大事だった」(桑野社長の発言,「日経コンピュータ」2002年7月1日号より引用)。

 この事例に,ケース1から脱出するための回答が示されている。

 まず,トップ自身が「新システムの効果が出ていない。何故なら従来業務に高価な新システムを適用しただけだ」ということに気付く必要がある。そのためトップは,現場に降り立つ行動力と現場の第一線にいる従業員の声に耳を傾ける謙虚さを持ち合わせなければならない。その場合,「高価なシステムは本当に役に立っているのか」という問題意識を持っていることが前提となる。問題意識なしに現場に降り立っても,ただのお人好しのトップに過ぎない。こうしてシステムの効果が出ていないことに気付いたら,「やり直し」のために金と時間と人手を費やすことを決断する。

 そんなことより,システム導入の初期段階でトップが関与していれば,システムが稼働してから改めて金や時間を掛けずに済む,と言いたくもなろう。しかし,ここではいったん稼働を始めてレイムダック化したシステムを議論の対象としている。システム導入の失敗に気付かず,「わが社は近代化した」と誤った認識を持ち続けるトップよりも,失敗しているシステムに気付いて,出直しの勇断を下すトップになりたいものだ。

 しかし,東京マリンのようにトップが事態を正しく認識して,スッキリと手を打つケースはまれだ。実態はさらに複雑で,困難を極める。

 次回は,もっと卑近な例を取り上げて検討したい。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp