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小尾敏夫(おび・としお)

早稲田大学教授、同・電子政府・自治体研究所所長/国際CIO学会会長

1947年東京生まれ、1973年慶應義塾大学大学院経済研究科修了。国連エコノミスト、コロンビア大学研究員、労働大臣秘書官などを経て現職。情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)顧問、電気通信協会「ブロードバンド・ユビキタス委員会」委員長。その他、総務省委員など歴任。著者に『日米官僚摩擦』(講談社)、『CIO』(電気通信協会)、『日本の情報システムリーダー50人』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。

 3月に“防災CIO”の調査を米国で行った。首都ワシントンDC、IT見本市(ネバダ)、カリフォルニアを一巡して、各地での取り組みを分析し、日本での応用のヒントになれば、と筆を走らせた。ここで言う“防災CIO”とは防災情報プラットフォームの構築、及び地域の防災力の強化も守備範囲とするCIOを意味し、従来は防災面にあまりコミットしてこなかったCIOの役割の拡大を指すコンセプトである。災害発生時に立ち上がる災害対策本部では、No.2の役割も果たす。

 米国で「防災CIO」の重要性が認識され始めた背景には、コンピュータ西暦2000年問題、「9.11」の同時多発テロ、南部を襲ったハリケーンなどの大被害がある。防災CIOの存在は急激なITの普及と発展と共に防災に伴う組織の適応力を強化するために急激にフォーカスされ始めた。

 西暦2000年問題の社会的混乱の規模は、当時誰も想像することが出来ず、米国では事前防止策として「情報システム防護国家計画」が策定された。情報セキュリティに関する連邦政府の枠組みとして全省庁から構成される「CIO協議会」により、この問題解決のための対策が採られた。

 また、「9.11」では、組織の財産である“情報”が消滅したことで、危機管理と共に情報セキュリティに大きな関心を払うようになった。昨年南部を襲ったハリケーンは地方自治体の防災システムの能力が厳しく問われた。

 ここ数年、民間企業では、サイバー・セキュリティや物理的セキュリティの双方に対して多額の費用を投入し、従業員、顧客、サプライヤー向けの緊急連絡プログラムの作成や、危機管理対応プランを策定した。行政も、サービスが拡大する中で、安全保障の観点からも防災分野での州政府への強い権限と影響力を持てるCIOの設置を要求するようになった。

 企業による防災支援システムの開発も進んできている。例えば、AT&Tは4台のトレーラーに設備を載せた移動防災システムを10システム有している。モトローラは各消防局との衛星?モバイルGPSによる通信システムを作り上げている。

 防災CIOの導入によって得られる利点は、防災・減災システムの利便性やスピード、運営コスト、クオリティ、サービスの面で非常に効果があるという点にある。また、大規模災害は、直接被害に加え、交通マヒ、事業停止など、膨大な国民経済への間接被害を及ぼすだけに、被害を最小限に抑える減災システムは組織の競争力強化にも貢献するといえる。

 もちろん、災害対策の課題はITに関することばかりではない。例えば、人命・財産を守るはずの災害対策システムに対する市民側の理解のレベルは決して高いとは言えず、災害への認識不足が露呈している。米国ハリケーン被害の拡大は、行政の避難勧告だけでは住民が緊急避難しなかった事にも起因した。

■“日本発”によるモバイル防災システムのスタンダード確立を

 今後、日本においてもBCP(事業継続計画)の実施とCIOの設置による効果を正確に認識し、災害経験の行政組織や企業からの事例を参考にしながら、官民連携の防災CIOによる防災対策グランドデザインを早急に構築するべきである。民間においては、リスク・マネジメントやBCPの強化や防災にもCIOが重要な役割を果たす例も増えてはいるものの、特に中小企業においてはその対策が遅れをとっている。予測不可能と言われる災害に対して多額の予算を注ぎ込める行政や企業は少ないのが実情である。

 “災害先進国”と呼ばれる日本の減災モデルがグローバルスタンダードとして構築される可能性も高い。災害による被害の予防から復興に至る「減災」を実現させるためには、防災CIOの設置、及び活動の充実を図る必要がある。そのためには、次の諸点が重要と考える。

 第一に、災害時において組織の復興と継続的な全体最適を目指すために、行政では、IT戦略本部や内閣府直属による各省庁、各地方自治体の横断的な災害対策室、あるいは情報部門内にCIO管轄下の「防災CIO」補佐官を確立することが望ましい。

 第二に、制度を構築するだけでなく、実際に利活用可能な機動的プログラムでなくてはならない。情報通信システムの有効活用によって減災が可能となるが、緊急時でも安全かつ、確実に情報システムが機能するかどうかのシュミレーションや、ネットワークの信頼性や、ITツールを持つ者と持たぬ者、利用できる者と出来ない者の間の災害デジタル・デバイドの問題解決には不可欠である。死傷者の6割がいわゆる“弱者”である実態に則した機動的対策であるべきだ。加えて、「行政が通信手段を用いてどの情報をどのタイミングで伝達するのが減災上有効なのか」などの最適解を見つけるための官民一体となった実証実験の継続が必要となる。

 災害デジタル・デバイドの問題の有効な解決策の一つとして、国民の大多数が日常で気軽に所持・利用している携帯電話を最大限利活用するモバイル防災システムを挙げられる。欧米では、私もメンバーであるMESA(Mobile Broadband for Public Safety:モバイル緊急対応欧米委員会)が、この分野の世界標準化を議論中だ。平時の活用が非常時に簡単に転用できる点や、主に都市部で防災無線の設備が不十分な点で、携帯電話の効用は高い。

 第三に、政府、地方自治体、民間CIOの有機的連携が急務である。タテ割り、縄張り主義を排し、官民のCIOが効果的連携を行うためには、「IT活用の互換性や共通化」「CIOの権限強化」を最優先で進める必要がある。今のところ官民の間では、タテ割り、縄張り主義を排してCIOの機能が効果的に連携するには至っていない。

 大規模災害被災後に継続的な企業活動を推進するためにも、関係経済団体、行政の協力による官民連携によるBCPを推進するBCM(業務継続マネジメント)の積極的推進が望まれる。総体的には安心、安全な社会の実現を目指す「IT新改革戦略」に基づく電子自治体の活動は供給者と受益者(市民)双方の相互ニーズの合致が前提になる。これらを実現するための職務が防災CIOに課せられている。

 大規模な自然・人的災害は急増しており、防災・減災は世界的な最優先問題に浮上している。その意味で、過去の被災地の災害対策事例を元に、緊急時の効果的な“モバイル防災”並びに、「防災CIO」のローカル/グローバル・スタンダードモデルの構築が急務である。広域、全国、全世界に互換性を有する統一規格を早急に用意すべきだ。

 これらの点はいずれも「理想の電子政府」に必要不可欠な要件である。これらを踏まえ、今後さらなる発展に向けて、最適化されたシステムの構築・改善による弱点の克服と、行政と市民が一丸となった「eコミュニティ」及び「e-Democracy」のコンセプトが必要と考える。国際CIO学会などの主催で、6月26日から29日、早稲田大学にて開催する「eガバナンス国際会議」では、この分野の世界の専門家300名が一堂に会し意見を交換する。ぜひ参加いただければ幸いである。