想像してほしい。部下が突然,うつ病で休職したら…。戸惑うばかりでは,部下の回復を妨げる恐れがある。マネジャーやリーダー向けに,部下のうつ病の早期発見から治療・復帰までの対処方法を解説する。

 仕事熱心で,どんなときも弱音を吐かない——。中堅のシステム・インテグレータに勤める課長のAさんにとって,Bさんは頼りになる部下だった。

 そんなBさんから「心療内科でうつ病と診断されたので,治療のため3カ月ほど休ませて欲しい」という電話があった。A課長が人事部に相談すると,治療を最優先させて休ませるよう強く言われ,A課長としても従わざるを得なかった。といっても,Bさんの代わりになる人の補充はなし。A課長の部署は“火の車”になった。

 どうにかやりくりしてきた3カ月後,ようやくBさんが職場復帰を果たした。A課長も含め部署の皆が復帰を待ち望んだBさんだったが,以前とは様子が違う。暗い雰囲気でボーッとするばかり。誰も,Bさんにどう接していいか分からず,Bさんは職場で“浮いた存在”になってしまった。

 復帰後しばらくの間,Bさんは主治医の指示に従い,簡単な仕事だけで午後6時前には会社を後にしていた。しかし,もともとまじめな性格だったBさんは,復職後1カ月が経過した時点で「通常の勤務に戻りたい」と,A課長に願い出た。「やっとやる気が出てきたか」。A課長は喜んで,以前のように責任のある仕事を任せることにした。ところが1週間もするとBさんの病状はぶり返し,また会社に来られなくなった。それから1年を経過した今も,Bさんは休んだり,復職したりを繰り返している。A課長は,どうしたらよいか分からず,途方に暮れるばかりだ…。

メンタル面での配慮は義務

 筆者は長年,ITベンダーを含む様々な企業の産業カウンセリングに従事してきた。冒頭のエピソードは,筆者がカウンセリングをしたITエンジニアの実話をベースに,典型的な職場復帰の失敗例を示したものだ。残念ながら,どの会社にもよくある話である。

 うつ病をはじめとする心の病は,本人だけの問題ではない。上司や同僚など,周囲の人も否応なく巻き込まれる。つまり「組織として対処すべき問題」でもあるのだ。そこで重要になるのが,マネジャーやリーダー,ラインの管理職などの上司が,部下の心の病の「兆候」を早期に発見して適切に対処することと,治療や職場復帰をバックアップすることである。

 上司の立場にある読者のなかには,「健康管理は本人が責任を持って行うもの。そこまで上司として面倒を見ていられない」と,考える人がいるかもしれない。しかし企業(実際は管理監督者である上司)には,社員の生命・健康を守る義務がある(これを「安全配慮義務」と呼ぶ)。

 2000年3月に最高裁判所は「電通裁判」注1)の判決で,うつ病で自殺した元社員のメンタル面の管理について,電通側が安全配慮義務を怠ったことを認めた。つまり上司は,部下の身体面の健康だけではなく,精神面の健康(メンタルヘルス)についても配慮する,法的な義務を負っている。

 では,マネジャーやリーダー,管理職は,部下のメンタルヘルスにどう配慮すべきだろうか。次回から,心の病の中で最も多い「うつ病」を対象として,早期発見,治療,職場復帰の順に,正しい対処方法を説明していこう。


菊地 章彦/臨床心理士 日本産業精神保健学会常任理事 ヒューマンリエゾン社長
中央大学文学部教育学専攻心理学専修卒,筑波大学大学院教育研究科修士課程(カウンセリング)修了。25年間にわたり大手通信会社のカウンセラーを務めたのち,1998年にヒューマンリエゾンを設立。大手電機メーカーなどのカウンセラーを務めつつ,個人向けにもカウンセリングを行っている。日本におけるカウンセラーの草分け的な存在。日本産業精神保健学会・常任理事,産業カウンセリング学会・理事

次回に続く