デジタルカメラ「QV-10」は,液晶一体型,不揮発性メモリーに画像をデジタルで記録,パソコンに接続して画像を移すことができる——という現在のデジタルカメラのあり方を打ち立てた。その意味で小型軽量デジタルカメラの元祖である。開発者であるカシオ計算機羽村技術センター通信事業部開発部の末高弘之部長は,コンセプトが周辺技術の成熟のタイミングにぴったり合ったからこその産物と振り返る。実は,QV-10は手痛い失敗を乗り越えた末の成功だった。

 幅13×奥行き4×高さ6.6cm,約190g(電池なしの状態)。背面には液晶モニタが付き,レンズの部分は自分撮りができるよう回転式になっている。製品コンセプトは,「その場で画像を確認でき,フィルムという消耗品を気にせず,いらない画像は消したりしてパシャパシャ撮れるカメラ」。元祖デジタルカメラなのだから,もっと古めかしい感じのものを予想していた。でも全くそんなことはない。画素数こそ25万画素と,今から見るとかなり低いが,撮った画像をすぐ見られて,データをそのままパソコンに保存できるというのは当時では画期的なことだった。

 開発者の末高氏はもともとカメラをやってきたわけではなかった。末高氏がデジタルカメラに携わるそもそものきっかけは,ソニーが1981年にフロッピ・ディスクに記録するアナログ・カメラ「マビカ」を発表したのを知ったこと。「これこそやりたいものだった」と感じたそうだ。

 末高氏は自ら社内で技術者を集め予算を確保し,1985年にプロジェクトを発足させた。2年後の87年,「VS-101」という小ぶりのビデオカメラの大きさで2インチのフロッピ・ディスクにアナログで記録するタイプのカメラを発表した。

 売れないなどと考えることなく自信を持って発表したが,失敗に終わった。当時はフィルムがいらないカメラの市場は未成熟だったのだ。失敗に終わったVS-101のプロジェクトは解散した。

液晶一体型という発想

 末高氏は一度失敗したが,中心となる“フィルムなしでどこでも撮れるカメラ”というコンセプトは必ず受け入れられると思っていた。

 変えるとしたら,ビデオ端子でテレビにつなぎ静止画を見るという方法から,その場で見られるようにすること。ここで液晶パネルを一体型にする考えが浮かんだ。「撮った画像をその場で人に見せられるようにしたい。画像を見ながらコミュニケーションが始まる,そんなツールを作りたかった」。この「液晶一体型」がQV-10の最大の特徴になった。

 まず試作機を作ってみたが,ビデオデッキくらいに大きく厚みもあった。だが,「機能的にはいい商品になるのではないか,これを小型化すれば面白いものになる」という手応えも得られた。

 液晶一体型というコンセプトがゆるぎないものとなり,QV-10のプロジェクトが1993年4月,12名でスタートした。小型にするため一から半導体の設計をしてフルカスタムで発注したという。自社製の液晶も手頃なコストになってきた。アナログからデジタルに変更することで,部品をLSI化して小型化,低消費電力化が簡単にできるようになった。半導体メモリーを使うことで記憶容量,信頼性も向上した。

PCへの接続はひょうたんから駒

 液晶一体型と同じくらいユニークだったのが,パソコンとつなぐこと。フィルムを現像して紙で見る,テレビで静止画像を見るという当時の状況から見ると大きな転換だ。QV-10開発中は,パソコンとつなぐ端子を設けてパソコンからカメラ本体に格納したプログラムを書き換えていた。これにヒントを得て,画像をパソコンに直接移動させるという仕組みを作った。

 ちょうどインターネットの普及が始まったことはQV-10には幸いだった。カメラで撮った画像をWebに載せる場合,写真だったらスキャンしてデジタル化しなければならない。だが元からデジタルデータでしかもパソコンに直につなげられれば,すぐにアップしてブラウザで見られる。QV-10は1995年3月に定価6万5000円で出荷を開始した。

 今,末高氏はカメラ付き携帯電話の部隊を指揮する。「携帯電話はカメラよりも常に持ち歩く。いつもユーザーが使っている姿を思い浮かべながら作っている」。末高氏のコミュニケーション・ツールを作りたいという思いは今も続いている。