ADSLは,ほとんどの家庭に引き込まれている電話用の加入者線を利用して高速通信を実現する技術です。ADSLサービスの下り伝送速度は当初,512kや1.5Mビット/秒で始まりましたが,最近では50メガ・サービスが登場しています。同じ加入者線を利用しているのに,どんどん速度アップができるのは,技術の進歩があるとはいえ不思議です。

元々は使わない予定の周波数で通信

 ただ,こうした高速化の恩恵を受けられるユーザーは限られます。速度が上がるのは,電話局から近い(伝送距離の短い)ユーザーだけです。電話局から遠いと,ADSL自体が使えないケースもあります。

 伝送速度をどんどん高速化できたり,距離によって実際に使える速度に差が出るというADSLサービスの特性は,同じ原因から生じています。これを理解するためには,電気信号の伝送とそれに使われる周波数の関係を知っておく必要があります。

 一般に電気通信の伝送速度は,利用する周波数の範囲を広くすると速くなります。ADSLの場合,1.5メガ・サービスでは26k~550kHzまでの周波数を使っていました。これが50メガ・サービスでは上限を7倍近く上げて3.75MHzまで使います。ADSLの高速化は,利用する周波数の上限をどんどん高くして実現したのです。

 しかし,利用する周波数を上げれば上げるほど,メリットを生かせるユーザーは減っていきます。なぜかというと,高い周波数の信号は電話用の加入者線で安定して送れないからです。

 加入者線は,ビニールなどで覆った2本の銅線をより合わせた構造になった「ペア線」で,電話の音声信号(4kHzまで)を安定して送れるように作られています。しかし,もっと高い周波数の信号を流したときに,どれくらい届くかは保証されていません。

 電気信号は,伝える距離を長くするほど弱くなります。「減衰」という現象です。減衰は信号の周波数が高いほど起こりやすい性質があります。ペア線のような簡単な構造のケーブルは外部からのノイズを防ぐ力が弱く,長距離では減衰によって信号がノイズに埋もれてしまうので,伝わりにくくなるわけです。

 また,ペア線は電話機ごとに必要なので,家庭の電話機から電話局まで引かれる間にどんどん束ねられ,最終的には何百本,何千本というペア線が束ねられたケーブルになります。こうした状況では,あるペア線を流れている信号が,隣接するほかのペア線に漏れてノイズとなる「漏話(ろうわ)」という現象も起こります。悪いことに,漏話も周波数が高いほど起こりやすいという性質があります。

遠くなるほど伝わりにくい

 つまり,ADSLで高い伝送速度を得るためには「減衰」と「漏話」という二つの壁をクリアして高い周波数の信号を届ける必要があります。伝送距離が長くなるほど,この壁を越えるのが難しくなります。電話局から近いユーザーほどADSLサービスの高速化の恩恵を受けやすいのは,こうした理由なのです。