図6 うつ病の治療方法<BR>うつ病では進行を食い止めて回復を早めるためにも,薬物療法と休養が欠かせない。ある程度回復してきたら,並行してカウンセリングを受けるとさらに治療の効果を高められる
図6 うつ病の治療方法<BR>うつ病では進行を食い止めて回復を早めるためにも,薬物療法と休養が欠かせない。ある程度回復してきたら,並行してカウンセリングを受けるとさらに治療の効果を高められる
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図7 うつ病の症状の変化&lt;BR&gt;うつ病は,良くなったり悪くなったりを繰り返しながら,症状が改善していく。一時的に良くなったからといって,無理をするのは禁物である。逆に,きちんと治療を続けているのに状態が悪くなっても悲観する必要はない
図7 うつ病の症状の変化<BR>うつ病は,良くなったり悪くなったりを繰り返しながら,症状が改善していく。一時的に良くなったからといって,無理をするのは禁物である。逆に,きちんと治療を続けているのに状態が悪くなっても悲観する必要はない
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 医師の指示通り,田中氏は会社を1カ月休むことにした。会社に電話でそう伝えると,上司はこう言った。「頑張って,1カ月後にはちゃんと戻れよ」。上司の励ましに,田中氏は“心をえぐられる”思いがした。「そもそも仕事で頑張り過ぎた結果こうなったのだ。これ以上どう頑張れというのか。しかも今は,生きているだけでつらい。頑張る気力なんてとてもわかない…」。

 田中氏は,自宅で安静にしながら,医師が処方した薬を毎日きちんと飲んだ。副作用として吐き気が強かったが,なんとか耐えた。4日目に少しだけ気分が上向いた気がした。不安感を和らげる「抗不安薬」が効いたようだ。1週間後に2度目の診療。医師は仕事について聞いてきた。大変だったプロジェクトや上司について話すと,少し気が楽になった。2週間後の3度目の診療でも,仕事のことを詳しく話した。そのころには,副作用の吐き気は治まっていた。

 3週間後から,田中氏は気分が楽になってきたのを自覚した。落ち込んだ気分を高揚する「抗うつ薬」がやっと効いてきたらしい。それから1週間ほどで,だるさが少し残る程度にまで回復した。

 そして1カ月後。5度目の診療で,医師と職場復帰について相談すると,「まだ早いですよ。急ぎすぎるとぶり返して,余計にひどくなります」ときっぱり言われた。見舞いに来た友人と食事をしに外出した翌日,初めて症状を自覚したときと同じように極端に落ち込んで体がだるくなることがあり,まだ不安定な状態であることは自分でも分かっていた。このため,医師の忠告には素直に従った。

 「そろそろ,よいかもしれません」。医師から職場復帰の許可が出たのは3カ月後だった。ただし「無理は厳禁」と,強く釘を刺された。

 職場復帰した田中氏は上司に頼んで,当面は残業をしない「リハビリ期間」にしてもらった。資料のチェックなど雑用しかできなかったが,「焦っても仕方がない。ゆっくり直そう」と前向きに考えた。こう考えられたのは,職場復帰直前に始めたカウンセラーによるカウンセリングで,悲観的になりすぎず柔軟に物事をとらえる訓練を受けていたからかもしれない。

 多少残業できるようになったのは,職場復帰して3カ月後,治療を始めて半年後だった。このころになると再びプロジェクトに復帰して仕事をするようになったが,うつ病であることをプロジェクト・マネジャーに告げて仕事量を制限してもらった。無理をしないよう,夜8時には帰宅することを自らに課した。自分だけ早く帰ることに心苦しさはあった。それでも,あのどん底の気持ちだけは二度と味わいたくなかった。

 治療から1年半後には,ようやく人並みの仕事をこなせるようになった。田中氏は次の目標として,夜10時には帰宅するという制限内で,うつ病になる前と同じ量の仕事をするつもりだ。それは,人並み以上の仕事を意味する。「集中すれば可能だ」──。今ではそう確信できる田中氏だった。

薬物療法と休養が治療の基本

 田中氏のストーリーのように,うつ病の治療は,薬物療法と休養が基本だ(図6[拡大表示])。医師が患者の症状や体質に合わせて処方した薬を飲み,できる限り負荷の低い状態を保つ。

 症状が比較的軽ければ通院しながら仕事を続けられるが,その場合も医師の指示に基づいて仕事量を減らす必要がある。一方,症状が重い場合は長期にわたって休職することが不可欠だ。1カ月で職場復帰できることもあれば,1年くらいかかることもある。

 うつ病の症状は,良くなったり悪くなったりを繰り返しながら,ゆっくりと回復していく(図7[拡大表示])。そのサイクルは日,週,月,季節など人によって様々だ。このことはぜひ理解しておいて欲しい。一時的に症状が良くなったからといって無理をすると症状がぶり返し,より重くなることがある。このため,症状がある程度安定してから職場復帰すべきだ。

 職場復帰したときも,無理は禁物である。最初は定時に帰ることから始めて,徐々に仕事量を増やしていくべきだ。そのためには,上司の理解が不可欠。そこで復帰前に,主治医や産業医,カウンセラーなどの専門家に「上司に説明してもらえないか」と依頼し,上司に専門家の話を聞いてもらうとよい。

効果高めるカウンセリング

 治療の基本は薬物療法と休養だが,医師と話をして精神的な支えを得ることも欠かせない。先に,きちんと話ができることを良い医者の条件として挙げたのはこのためだ。

 精神的な支えになるのは,医師だけではない。家族や恋人などの親しい人も支えになる。ただしうつ病の人への接し方には,「励ましてはいけない」,「外出しても疲れないようにする」など,基本的なルールがある。このためなるべく早い段階で,主治医の診療に親しい人も同行してもらい,主治医にサポート方法を助言してもらうべきだ。

 うつ病が比較的軽度だったり,ほぼ症状がなくなった段階では,「認知療法」(物事の考え方や受け取り方に柔軟性を持たせる)や「行動療法」(具体的な行動目標を設定して,困難なことにぶつかってもすぐあきらめずに取り組めるようにする),「対人関係療法」(うつ病の原因になりやすい人間関係の問題を整理する)といったカウンセリング手法も有効である。

 こうしたカウンセリングは,医師から受けるのが望ましいが,多くの患者を診療する医師では,なかなか対応できないのが現状だ。このため通常は,社外や社内のカウンセラー注8)に依頼することになる。カウンセラーに心当たりがない場合は,医師に紹介してもらうのもよい。

 最後に,うつ病になったときの金銭的な負担について説明しておこう。医師による診療は,当然だが健康保険が使える(患者の負担額は3割)。症状によって異なるが,診療1回当たりの患者の負担額注9)は1500円~2000円が目安だ。週に1回の通院で月額5000円~1万円くらいになる。薬代も人によって違うが,2~3種類の薬を服用する場合,月当たりの負担額は5000円~1万円程度だ。

 それほど大きな金額に思えないかもしれないが,治療のために休職している間は減給・無給になることもあるので,診療費や薬代が大きな負担になることもある。そこで知っておく価値があるのが,「精神障害者通院医療費公費負担制度」と「精神障害者保健福祉手帳」だ。前者は医療費の25%を国が肩代わりするもので,本人負担額は医療費の5%に減る。うつ病の診断書があれば申請が通ることが多い。後者は税金などの優遇措置を受けられるが,6カ月以上の病歴などの申請条件がある。どちらも市区町村の役所で受け付けている。

 また心の病は,労災保険の対象になる場合もあり,労働基準監督署により労災認定を受けると注10),医療費や賃金などの補償が受けられる。


(中山 秀夫,平田 昌信)