東芝ソリューションは、杏林製薬から情報漏洩対策システムを受注し、今年4月から稼働を開始した。医薬品業界向け事業の新参を待ち構えていたのは厳しいユーザーの試練だった。

=文中敬称略


 「君の説明は説明になっていないんだよ!」。東芝ソリューション(TSOL)の若手SEは、杏林製薬の情報システム部長、西野隆司からたびたび説教された。TSOLのSEは杏林製薬に常駐し、ソリューション案件の可能性を探るのが使命。しかし、それどころか話をするたびに西野から雷を落とされた。

 TSOLの前に杏林製薬を担当していたある大手ソリューションプロバイダは、西野の逆鱗に触れて出入り禁止になっていた。「売る側の論理を押し付けて、ユーザーの業務を理解していない」。西野は、ソリューションプロバイダに対して納得できない点が多々あった。

 TSOLと杏林製薬との取引が始まったのは、2005年5月頃からだった。杏林製薬が東芝製パソコンのユーザーだった縁で、パソコンの販売会社から紹介を受けたのがきっかけだった。TSOLは医薬品業界向け事業は後発で、これを機に巻き返しを狙っていた。

拒絶され続けた提案

 紹介された直後に、TSOLは杏林製薬からサーバー3台を受注した。出入り禁止になったソリューションプロバイダが納入したサーバーをリプレースするためだった。取引が始まって間もなく、西野はTSOLのソリューション第一事業部情報ソリューション部医療ソリューション担当主査の新井洋司らに「アプリケーションの仕事もしたいか」と尋ねた。新井らは「ぜひお願いします」と二つ返事で答えた。「勉強したいのなら当社にいても構わない」。西野はTSOLのSEが常駐することを認めた。

 新井は、SEから西野が話した内容について逐一報告を受けた。新井自身も週に2回は杏林製薬を訪問し、情報収集に努めた。新井たちは西野との会話の中に出てくる「文書管理」や「セキュリティ」などのキーワードを拾い、登場頻度の高いキーワードから課題を引き出そうと努めた。ところが新井たちがいくら西野にソリューションを提案しても「そんなものは必要ないよ」と、突き返される日々が続いた。

 2005年の夏にようやく商談のチャンスが訪れた。「情報漏洩防止対策を強化しなければならない」。西野はTSOLを含む複数のソリューションプロバイダに対してこのような打診をしたのだ。製薬会社には、医師の個人情報や新薬の開発情報など重要機密情報があふれており、情報漏洩防止対策は最重要課題だった。新井たちは「ぜひ当社にやらせてください」と志願した。

中立な立場に徹する

 杏林製薬が情報漏洩対策強化策として検討していたのがDRM(デジタル著作権管理)だった。著作権保護のために強力なガードをかけるDRMの仕組みを活用しようというアイデアだった。機密情報ファイルを暗号化するだけでなく、流出したファイルが独り歩きしないように期限が到来するとファイルを自動削除したり、社内LAN環境以外では印刷できないようにしたりして、情報漏洩を防止したいと考えていた(図1)。

 新井はTSOLが通常取り扱っている製品だけを売り込むことをあえて避けた。西野との付き合いで、売る側の都合で製品を売り込んでも受け入れられるはずはないことは痛感していた。「顧客の立場に立つためには、我々が中立的に提案しなければならない」と考え、複数の候補から、西野が納得する製品を選んでもらうことにした。

 そこで、TSOLは5社のDRMベンダーの担当者をTSOL本社に集めた。この中には、TSOLと販売代理店契約を結んでいないベンダーの製品も含まれていた。各社には約1時間の時間が割り当てられ、プレゼンテーションを行った。

 西野はこれまで、アプリケーションばかりを売り込む提案にうんざりしていた。しかし、TSOLに対しては「ベンダーの考えを押し付けるのではなく、我々の思いを理解しようとしている」と好印象を持つようになっていた。





本記事は日経ソリューションビジネス2006年5月30日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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