図1 2002年に入ってからのグリッドに関する主な動き
図1 2002年に入ってからのグリッドに関する主な動き
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図2 SETI@homeにおける大量データ処理の仕組み
図2 SETI@homeにおける大量データ処理の仕組み
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今や一般紙にも登場する「グリッド・コンピューティング」。もともとは余っている“コンピュータ・パワー”を,ネットワークを通じて有効利用する仕組みだった。が,ここに来てWebサービスの技術を取り込み,一部のITベンダーは,コンピューティングの「次世代基盤」と位置づけるまでになった。そんなグリッド・コンピューティングの実像を解説する。

 あなたはオフィスや自宅にあるパソコンを1日のうち何時間使っているだろうか。仕事の内容にもよるが,せいぜい12時間ぐらいだろう。それ以外の時間,パソコンはずっと使われずに遊んでいる。

 パソコンだけではない。企業や官公庁が保有するワークステーションやサーバー,あるいはメインフレームですらも,何の処理もしていない時間がある。そんな余っているコンピュータの処理能力を集めて,有効活用できるようにしたらどうなるか。スーパーコンピュータをはるかに上回る性能を実現できるのは間違いない——。

 一昔前なら「荒唐無稽」と一笑にふされるはずのこんなアイデアが,現実のものになりつつある。それが「グリッド・コンピューティング」注1)(以下グリッド)だ。今や一般向けの新聞でも取り上げられるほどになったので,言葉を見聞きしたことがある読者は多いだろう。

「Web並みの将来性」と各社

 関心が盛り上がるのを先取りする形で,大手コンピュータ・メーカーなどベンダー各社は,グリッドへのシフトを進めている(図1[拡大表示])。

 2002年6月だけでも,国内で3つの動きがあった。「グリッド協議会」というグリッド・コンピューティングに関する技術の開発や標準化を話し合うコンソーシアムが発足。NECやNTTデータ,コンパックコンピュータ,サン・マイクロシステムズ,日立製作所,富士通,日本IBMなどIT関連企業22社,それに大学などから53人の研究者が参加を表明した。

 さらにコンパックコンピュータが「コンパック・グリッド・サポートセンター」と名付けた専門部署を設け,大日本印刷はグリッド技術に基づくシステム構築ツールを開発し,2003年3月までに発売すると発表した。

 各社がこれほどの意気込みを見せるのには理由がある。グリッド協議会の関口智嗣会長は,「グリッドはコンピュータ資源にとどまらず,記憶装置からアプリケーション,データなどに至るあらゆる情報ネットワーク資源を,いつでも,どこからでも手軽に利用できるようにするという構想。いわば“次世代高度インターネット利用技術”だ」と言い切る。

 つまり単に「余っているコンピュータ資源の有効利用」という枠を超え,「Webがコンピュータの利用形態を変えたのと同等の,汎用的かつ基本的な技術」(日本IBMの野村宣生・Webサーバー製品事業部長)と,各社は認識しているのだ。

 例えば非力なPDA(携帯情報端末)しか持たない人でも,“ネットワーク上の余剰コンピュータ”に指示して膨大な気象データを処理。自宅付近の6時間後の天気を短時間でシミュレーションし,その結果に基づいて自宅のエアコンを予約するといったことが可能になるという。

すべてが発展途上,実現は先

 ただしグリッドが,こうした“壮大な構想”として認識されるようになったのは,ごく最近のこと。「技術開発は,まだ始まったばかりの段階に過ぎない」(グリッド総合研究所=茨城県つくば市=の西克也代表)のが実情だ。コンピュータの利用形態を変えるほどのものになるかどうか,すべてはこれからなのである。

 だからこそ今,グリッド・コンピューティングが何であるかを知っておくことは重要だ。WebやJavaが登場したときのことを考えれば分かるように,当たり前の技術になってから注目するのでは遅い。

 そこでこのレポートでは,(1)グリッドの代名詞的なプロジェクトである「SETI@home」,(2)これまでの発展経緯,(3)実用化形態と標準化動向,(4)将来展望という4つのトピックに分けて,グリッドの“今”を解説していく。

SETI@home 382万台のパソコンで「宇宙人を発見する」

 「“宇宙人”が存在するなら,地球に向けて電波信号を送ってきているはずだ。なぜなら,われわれ地球人がほかの宇宙人に見つけてもらいたくて電波信号を送っているから」。

 この考えのもと,宇宙人探しに取り組んでいるのが米国の研究プロジェクト「SETI@home(以下,SETI)」である。

 方法は単純だ。中米プエルトリコのアレシボ電波望遠鏡でキャッチした宇宙からの電波データを解析して,自然に起こりえないパターンの「スパイク(強い信号波)」を見つける。これが宇宙人の存在証明になる。

 ただし,ことはそう簡単ではない。何しろ,解析すべき電波信号データの量は天文学的。というか,限りがない。世界最速レベルのスーパーコンピュータでも,処理できるのはごく一部だ。しかもSETIには,そんな高価なスーパーコンピュータを買う資金はない。

 そこでSETIの研究者たちが目をつけたのが,家庭やオフィスのパソコンである。大半は1日のうちせいぜい数時間しか使われない。しかも最新型のMPUなら,処理速度は一昔前のスーパーコンピュータに匹敵する。

 インターネットを通じて,遊んでいるパソコンを有効活用するために作った仕組みが,今で言うグリッドだった。SETIはワークステーションも対象に入れて,99年6月にWebサイトで専用ソフトの配布を始めた。宇宙人からの信号が見つかったら,その信号を解析したコンピュータの提供者を共同発見者としてリストに加えるとしたこともあり,協力者は順調に増えた。すでに登録台数は382万を突破して,世界最大のグリッド・システムとして稼働している。

制御ソフトでメンバーを操る

 SETIのシステム全体は「マスター」と呼ばれるサーバーと,実際の解析処理注2)を請け負うパソコン(メンバーと呼ぶ)からなる。マスターはメンバーを管理しながら,ジョブの分割や割り当て,作業状況の監視といった指揮を執る(図2[拡大表示])。

 一方,メンバー上では,スクリーンセイバーの形で制御ソフトが動く(図2の画面)。制御ソフトには電波データ解析プログラムが埋め込まれており,WindowsやLinux,MacOSなどのOS別,PentiumやPowerPCなどのMPU別に40種類以上が用意されている。すべて圧縮してあり,容量はWindows用で773キロバイトだ。

 制御ソフトはインストールされると,インターネット経由でマスターにアクセスし,ジョブを要求する。これを受けてマスターは,0.25メガバイトの電波データを渡す。ジョブが完了するとマスターに結果を報告して次のジョブを要求する。これを延々と繰り返す。スクリーンセイバーの形なので,協力者が普通にパソコンを使っていても何の支障も生じない。

 最も代表的なグリッドの事例であるSETIの仕組みは,こんな単純なものだ。ただし正確に解析処理するために,いくつかの工夫をしている。

 例えばマスターは同じデータを2~3のメンバーに重複して割り振って,結果が同じかどうかを確認する。さらにジョブを渡したメンバーの制御ソフトから音沙汰がなくなると,別のメンバーの制御ソフトに同じジョブを渡す。こうした仕組みにより,すべてのデータを確実に処理しているのだ。

(中山 秀夫)