工数,人の活動時間(直接活動時間&間接活動時間),機械の稼働時間など,企業が管理する時間には数多くの種類があります。前回は人の活動時間を取り上げましたが,今回はそれらを引っくるめて,もう少し次元の高い話をします。操業度(または稼働率)の問題です。

 筆者がお会いする企業経営者から聞かされる愚痴のほとんどが,操業度不足(稼働率の低迷)です。
「そうなんですよねぇ,タカダ先生。春先の駆け込み需要が一巡したこれからの季節は,機械装置の半分が眠った状態になるんですよ」
なるほど。「眠った状態」というのは,操業度不足を表わしていますね。では,その操業度については,何を基準にしていますか?

「さきほど,先生にご覧いただいた生産工程はオートメーション化が進んでいるので,機械稼働時間を基準にしています。ところがあの工程は,先月までは月産1万個でしたが,大型連休が明けると月産5000個にまで稼働率が落ち込むので,夏場までが憂鬱なんですよ」

でも,さっき拝見した工程では,すべての機械がフル稼働していましたよ。稼働率が低いとはいえない気がしますが──。
「ああ,それは,付加価値の低い『製品A』を無理矢理,受注しているからですよ。高価な汎用機械を使っていますからね。遊ばせておくわけにはいきません。でも,メインとなる『製品S』のほうはからっきしダメ。『利益なき繁忙』ってやつで,頭が痛いですよ」
そうでしょうね。大企業であれば『規模の経済性』が働いて多少の赤字操業でも持ちこたえることができますが,中小企業ではほんのちょっとした受注不足が資金繰りを圧迫して命取りになる。

まぁ,がんばってくださいな,社長さん。それじゃ,また。
「おいおい,タカダ先生,言いっぱなしで帰っちまうのかよ……」

 帰宅して湯船につかりながら,さきほどの会話を反芻(はんすう)していたとき,いくつか重要な論点が含まれていることに気が付きました。付加価値とは何か(ヒントは固定費の『額』にあります),利益なき繁忙はなぜ起きるのか(ヒントは変動費の『率』にあります),赤字操業でも持ちこたえられるのはなぜか(ヒントはキャッシュフローにあります)。これらの話はいずれ説明しますが,ここでは操業度に的を絞ることにします(注1)

 昼間に訪ねた会社の例では,操業度の基準として『機械稼働時間』を採用していました。ところが,日本の中小企業では『生産数量』を操業度の基準として採用しているところが多いようです。生産数量のデータは生産管理システムから取り出せるので,それを基準とするほうが楽といえば楽。しかし,コスト管理に真剣に取り組みたいのであれば,生産数量を操業度とするのは改めて欲しいものです。

 例えば,操業度に生産数量を採用していたとして,フル稼働したときの操業度(これを「基準操業度」といいます)が月産1万5000個であると仮定しましょう。カイゼン活動によって月産1万6000個まで作れるようになったからといって,相手先の企業が1万6000個を引き取ってくれるかというと,そのようなことはありませんよね。カイゼン活動によって生まれた1000個について,新たな得意先を見つけることができなければ,この1000個は操業度不足を招きます。これではカイゼン活動が報われない。
 また,汎用機械で複数の製品を作る場合,付加価値の異なる製品(製品Sを1万個,製品Aを2万個)を単純合算し,その合計生産量(3万個)を基準操業度としている企業もあるようですが,これは『等級別原価計算』という別の土俵で語るべきものです。

 数量を基準操業度として採用できるのは,たった1種類の製品を作る場合に限られます。その製品を作らないときは,従業員を解雇し機械装置を除却することが前提となります。そうしなければ正確なコストは計算できません。しかし,それがいかに非現実的かは,説明するまでもないでしょう。

 基準操業度は数量をベースにするのではなく,工程ごとの性質を見極めて決めてもらいたい。例えば,オートメーション化が進んでいる工程であれば「機械稼働時間」を基準操業度として採用する。人手を多く要したり,知財サービスの比率が高かったりする工程については,「(人の)直接活動時間」を基準操業度として採用する(注2)

 以前は現場でデータを収集するにあたって,時間の記録・集計には非常な困難を伴いました。ところが,いまはITの時代。容易に時間を記録・集計できるようになりました。生産数量では製品ごとに付加価値が異なりますが,時間には普遍性があります。時間を基準操業度とすることで,コスト管理に客観性と正確性の息吹を与えることができるのです。

 もちろん,生産数量を基準操業度とすることにこだわる御仁もいることでしょう。しかし,数量をベースにした場合,期限までに目標数量を作れば残りの時間をどのように使おうとオレの自由だ,という風潮が現場では生まれます。
 最近では,就業時間中に上司の目を盗んで,ケータイ電話を使って株式売買する社員が増殖しているといいます。ノルマ(数量)を達成したのだから文句はあるまい,といった理屈でしょう。
 この問題を解決するにはやはり,数量ではなく時間を軸とすることによって,社員の"遊びの時間"をあぶり出すことです。

「でも,個人所有のケータイ電話を,会社はチェックできませんから,管理職にとっては頭の痛い問題ですよ」
そういえば最近,ある会社で,朝礼が終わった後にトイレの個室へ駆け込む男子社員が多くなったという話を聞きました。まさか個室の中でケータイ電話を使って,株式投資なんてしていないでしょうねぇ。
「タ,タカダ先生。社長にはどうか内密に……」
しょうがないなぁ。じゃあ,朝礼後の作業日報には「日本経済を30分間,勉強しました」と書いておくんですよ。

(注1)世の中,結論をせかす人が多すぎて困ります。慌てない,あわてない。
(注2)間接活動時間は,基準操業度として採用することはできません。


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/