三井 英樹

 今回も,Webサイトの歴史をもう少し別の角度から見てみます。「良いWebサイト」を構築しようとする場合,得てして「開発言語についてスキルの高い人材」の確保に目が行きがちですが,実はその前に注意すべきことがあるということをお伝えします。結論から書くと,それは「組織の力」です。

開発の現場での変化

 ネットワーク・インフラの普及やマシン性能の向上によって,Webサイトはたかだか十年の間に様々な役割を期待されてきました。それは,Webサイトの提案時や開発現場にもいまだに変化を与え続けています。逆に,技術向上のスピードが異常ともいえるこの業界では,「定常状態」と呼べるような時期は存在しなかったとも言えます。

 この約十年の間のWebサイトの成長のパターンを表すとしたら,「スピード,統一感(テンプレート),効果測定」の三つに集約されるでしょう。下図はそれを模式化したものです。


Webサイトに求められてきたもの

 Webサイト立ち上げの時期,開発現場には,紙媒体に使われたコンテンツと新コンテンツとを早く形にするという「使命」が与えられていました。まだリリースしていないわけですから,アクセス数の予想もつきません。多くの楽観的予測と慎重派の予測とが入り混じって,開発現場は混乱しつつも早期立ち上げ,早期増量(ページ量産)へと駆り立てられました。

 「増量」は自前のコンテンツばかりでなく,他サイトの吸収・合併・統合の場合など様々な状況で必要とされました。そこで待っていたのが,量産された不統一なページ群を正規化する作業です。さらに,「コンテンツとレイアウトとの分離」が未成熟な段階だったので,コードの単純な書き直しと呼べる作業が延々と発生しました。

 多くの優秀なWeb開発技術者が,ここで疲弊していきました。しかし,ページの統一性を達成するには,できあがった後で何かをするよりも,最初から計画的に進めることのほうが効率的だということは,エンジニアリングにかかわってきた者なら当たり前のことです。このころから,計画的な進ちょく管理ができないマネージメント層に対する不満が芽生え始めました。

 統一感の次にクライアントが求めたものは「成果」でした。投資対効果を数字で表すようにと指示が来ます。作ってしまったものに対して,作る前と比べてどうかと問われても,答えようはありません。比較するデータの準備をしてこなかったからです。過去の情報の蓄積も多くのサイトでは行っていませんでした。アクセスログという形では残っていても,説得力のある「情報」の形にするにはかなりの手間が必要でした。ここでも先見性や計画性の有無が,開発チームの強さに如実に現れたといえます。

開発者の強さを引き出す「場」

 その後,Webサイト開発を「成功」させる力の源は,ゆっくりと「組織力」に移って行ったように見えます。HTMLが知れ渡り,ある程度ツールの操作方法を知っていれば大量のページ量産が可能だった時代は,そう長くは続きませんでした。共通化部品やテンプレートのおかげで,同じ品質のものを量産できるようになったのです。もちろん,部品やテンプレートの「原型」は手作りです。ツールは作ってはくれません。しかし,ツールによる生産性向上がある領域まで達したとたん,Webサイト開発費は暴落しました。それは,ページ単価500円などというWeb開発者の生活維持が困難な状況にまで達します。

 前回触れた,Web開発のスキルに対する対価を無視したプロジェクトが横行するようになりました。「デザイン」の本質を忘れ,ビジネスのモラルも捨てた結果,Web開発の現場は慢性的な睡眠不足と仕様変更への対応に追われるようになります。そして多くのプロダクションが内部分裂を起こしました。

 もはや,技術やスキルだけでは「チーム」として成立しない時代に入っていました。独立したり業界から去ったり,よりよい仕事と生活を求めて様々な人材の流動が起こりました。そのなかでWebサイトは,単なる「消費者への情報提供の場」という位置付けではなく,「サポートとのコミュニケーションの場」や「マーケティングの場」に変わり始めていました。「分業」が前提となる開発が一般化し,ますます個人では手に負えない「チーム力」が問われる責任が生じていたのです。

 こうして,ようやく「ワークフロー」や「標準化」といった言葉がWeb開発の現場から聞こえるようになっていきます。そして,「マネージメント」へと——。下図は,そうした変化と,時代ごとに必要とされてきている側面とを併記したものです。


開発の現場で求められてきたもの

 こうした変化は,Web開発企業の自衛のためだけに進んでいったのではありません。ページ単価を極端に安くすることで,クライアント企業は予算を縮小できたとしても,同時にアクセス数も話題性も減少させてしまったのです。

 「アイデアや創造性は無料ではない」——そんな当たり前のことに,そろそろクライアント企業も気がつき始めています。そして,良いものを作り上げるには,それなりのコミュニケーションが必要であることも——。そうしたコミュニケーションを成立させるためには,クライアント企業とWeb開発企業とが,互いに組織として独り立ちしている必要があります。

 クライアントのニーズを聞き取り,機能にまとめ上げ,効果測定の方法も事前に準備しながら新しいアイデアも提案する。そして,それらをきちんと納期までに収める。そんな当たり前の「ビジネス」ができる「パートナー」として,Web開発企業が機能し始めています。そうした企業の共通点は,優れたマネージメントに見えます。

 少なくとも,Webの業界で誰もが知っているような有力な老舗は,それらをいち早く実行していたところばかりです。人材マネージメント,進ちょくマネージメント,ドキュメント・マネージメント,品質マネージメント…どれも彼らはかなり早い時期から,これらが要(かなめ)であると主張してきました。そして見事に生き残っています。

人材マネージメントの大変さ

 マネージメントの重要性として,もう一つ明記しておきたいことがあります。それは「人材マネージメント」の大変さです。今後のWebサイト開発には,たくさんの人材が必要とされます。下図は,Flashを例にしてそのスキルの一部を模式化したものです。


開発の現場で必要とされる視点とスキル(ファイルタイプ)

 Web開発の現場は,こうしたおびただしいスキルの人材を束ねてプロジェクトに向かわなくてはなりません。並大抵のことではありません。スキルだけではなく,感性も異なります。服装の趣味からして異なるかもしれません。でも,そうした人材が必要になります。

 人材を組織に合わせていくのではなく,人材をより活性化しながら組織としてのまとまりを「デザイン」していくことが,Webデザインに対応していく方法なのかもしれません。


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。