TCP/IPという用語はTCP(transmission control protocol)とIP(internet protocol)という二つのプロトコルを指すだけでなく,TCP,IP,UDPといったTCP/IPプロトコル群全体を指す総称として使われます。その理由の一つは,TCPとIPがTCP/IPプロトコル群の中核的な役割を果たすところにあります。さらに,TCP/IPの生い立ちを調べると,もう一つの理由が見えてきます。

最初はTCPとIPが一つだった

 TCP/IPの研究開発が始まったのは,パケット通信技術を用いた世界最初のネットワークであるARPANET(アーパネット)が稼働を開始してから4年ほどたった1973年ころです。このころになると,ARPANET以外にもいくつかのネットワークが動き始めていました。いくつかのネットワークがあれば,それを相互に接続しようという方向に進むのが自然であり,そのための技術開発が始まりました。その技術がTCP/IPでした。

 ただ,最初に開発されたTCP/IPは,今の姿とは違っていました。今のTCP/IPは,パケットを運ぶ部分をIPが担当し,データ転送をコントロールする部分をTCPが担当しています。しかし,データを運ぶという動作を間違いなく実行するにはTCPとIPの両方が必要であり,両者を分ける必要はありません。そのため,最初はTCPとIPの役割を分けずに,二つの役割が一体化されていました。そして,この一体化したプロトコルをTCPと呼んでいたのです。

 データを間違いなく運ぶという役割はネットワークにとって重要であり,それは今でも変わりません。ところが,その後の研究によって,間違いなくデータを運ぶことがすべてではないことがわかってきました。例えば,IP電話のような音声通信では,音声を再生するタイミングに合わせてパケットを運ばなければなりません。消えたパケットを送り直していると,音声を再生するタイミングに間に合いません。今のTCPの役割が,邪魔になることがあるのです。

 そこで研究者たちはIPの役割を単独で使えるようにするために,IPをTCPから切り離しました。1978年のことです。これでTCP/IPは,今とほぼ同じ姿になりました。ただ,TCP/IPという言葉が登場するのは,もう少しあとのことでした。しばらくの間,TCPから切り離した部分に対する呼び名が定まらず,IPという名前に落ち着くのに時間がかかったからです。

1980年から二つセットで呼ばれる

 TCP/IPという用語が初めて登場するのは,1980年7月に発行されたIEN152という技術文書です。IEN(internet experiment note)はインターネット初期のころの技術的なドキュメント集で,今のRFC(request for comments)の前身になったものです。以降,TCP/IPという言葉が広く使われるようになりました。元々一つだったものを二つに分けたのですから,二つをワンセットで呼ぶのは自然なのです。