エドワード・ヨードン著『デスマーチ 第2版』
エドワード・ヨードン著『デスマーチ 第2版』
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 「Web 2.0で語られる『永遠にベータ版』を聞くたびに、それって『永遠にデスマーチ』と思えてしまうんですよね」——。弊社の某誌編集長のひと言である。

 「デスマーチ」という言葉を聞くとき、読者の皆さんも最新トレンド技術の開発動向を思い浮かべ、ニュースをにぎわすシステムダウンを思い、最近音信不通の知人に思いをはせ、自分自身の今の境遇を振り返るのではないだろうか。

 デスマーチ・プロジェクト——過酷な条件でのソフトウエア開発プロジェクトに、そう名づけた人物がいる。米国のコンサルタント、エドワード・ヨードンである。

 1980年代に構造化方法論を、1990年代オブジェクト指向方法論を提唱したことで知られるヨードンが、1996年に著した本のタイトルが『デスマーチ』だった。当時、無謀なプロジェクトに対する皮肉のきいた文章や辛口の批評が面白く、一読者として楽しんだ。しかし、今回『デスマーチ 第2版』の日本語版(写真)の編集を担当してみて、ヨードンが「デスマーチ」で伝えたかったことが以前とは違って響いてきた。

 ヨードンはデスマーチを「公正かつ客観的にプロジェクトのリスク分析(技術的要因、人員、法的、政治的要因も含む)をした場合、失敗する確率が50%を超えるもの」と定義している。50%ということは、早い話が「一か八か」のプロジェクトということだ。

 では、なぜ一か八かのプロジェクトに乗り出すのか?その理由としてヨードンは、社内政治、経営陣や営業部門の天真爛漫な将来展望、「土日に出てくればできますよ」といった若者のカワイイ楽観主義、ベンチャー企業立ち上げ時の楽観主義、「本物のプログラマは寝ずに働く!」海兵隊方式など、9つを紹介している。

 なかでも一番強調しているのが「社内政治」だ。ライバル企業より良い条件を出すために、予算を半分で契約してしまった業務システム開発プロジェクト、競合製品に先駆けて出荷するために納期が半分に削られてしまった製品開発プロジェクト、上層部のトップ争いの道具となったプロジェクトなど、政治的理由で陥ったデスマーチ・プロジェクトは多い。自分の都合だけしか考えていない上層部への批判は、実に痛快である。

 しかし、本書は、単にデスマーチ・プロジェクトを非難しているのではなかった。デスマーチ・プロジェクトをなくせ、といっているのではなく、避けられない現実があるとき、プロジェクト・マネジャーとして、チーム・メンバーとして、つまり「個人」として何をすべきか、どう闘うかを説いているのである。

 ヨードンは確かに皮肉屋であり、辛口であるが、プロジェクトに文句を言っているだけの人間をよしとしてはいない。求めているのは、あくまでも「個人の行動」である。第2版で、エクストリーム・プログラミング、プロセスのダイナミックス、クリティカルチェーンなど、プロセスやモデルやツールに関する章を新たに書き加えたのも、行動に移すことの重要性を具体的に伝えたかったからだろう。

 さらにヨードンは次のようにも言っている。「一つはっきりさせるが、私自身は、本書のコメントほどはデスマーチ・プロジェクトに否定的ではない。40年前に比べると楽観的ではなくなったが、ビジネスを起こすことには今でも大きな興味がある。魅力たっぷりの『リスク/利益』計算式を見せられたら、デスマーチ・プロジェクトと言えども喜んでサインする」。さすが、強気のヨードン、若者にも負けていない。「結局は、個人の価値観による個人の選択なのだ」

 ゴールデンウィークも出勤し、土日の休みもなく、夏休み返上も必至の気配で、「これってデスマーチかも」と思われる方は、ぜひ『デスマーチ 第2版』をご覧いただきたい。生還の道と、道具と、自分だけではないという共感が得られるのではないだろうか。