先月2日間にわたって「ぷららのWinny遮断は是か非か」というタイトルで「記者の眼」を書いた。読者の皆さんには記事に多くのコメントをお寄せいただき,ありがとうございます。

 筆者は,それらのコメントを読みながらつらつらと,あることを考えていた。それは「Winnyを介した一連の情報漏えい事件を終息させるにはどういった手段があるのか」ということだ。今回のぷららの動きに対して「是か非か」を問うても,この問題は解決しないと思ったからである。そこで今回はこのテーマで書いていきたいと思う。

 ただ,これはあくまで「記者のつぶやき」だ。「思考実験」の一つだと受け止めていただければ幸いである。

Winnyネットワーク自体をなくせばいい

 具体的に,Winnyを介した一連の情報漏えい事件を終息させる手段として筆者が考えたのは以下の五つの方法である。

(1) 超法規的に政府/行政がWinnyの利用を禁止する
(2) 全プロバイダがWinnyの通信を遮断する
(3) 全インターネット・ユーザーのセキュリティ意識を高める
(4) Winnyのセキュリティ・ホールを徹底的につぶす
(5) 全Winnyユーザーが自主的にWinnyの利用を止める

 (1)と(2)は,記者の眼で書いたプロバイダによる通信規制の発展形である。政府/行政が有無を言わさず「全国民に対してWinnyの利用を禁止する」と発表すれば,Winnyによる情報漏えい事件はなくなるだろう。また,ぷららの措置を他のすべてのプロバイダが追随する(2)の手法は,実質的に(1)と同じになる。

 これらは,Winnyによる情報漏えいをストップさせる方法として現実的だといえる。各プロバイダがWinnyを遮断すれば,Winnyネットワークは消滅する。Winnyネットワークがなくなれば,そこに情報が流出することも,すでに流出してしまった情報が再度ほかで閲覧されることもなくなる。

 ただし,(1)と(2)の方法は結果的に「検閲」と同じことになり,将来に禍根を残すことになりかねない。この点は記者の眼でも書いたとおりだ。

 また,Winnyが使えなくなったから他のファイル共有ソフトを使おう——と考えるユーザーが増えることで,別のソフトを介した被害が発生する危険性が出てくる。先日ニュースになったように,すでに,Winnyとは別の「Share」というファイル共有ソフトでも情報漏えい事件が発生している。こうしたソフトに対しても同様の措置を取り続けると,トラフィックを遮断するアプリケーションがどんどん増えていくことになる。これも望ましい事態とは言えない。

セキュリティの強化は漏えい事件対策として効果的か?

 (3)の全インターネット・ユーザーのセキュリティ意識を高めるという方法は,遠回りかもしれないが最も現実的な方法だろう。OCNを提供するNTTコミュニケーションズやBIGLOBEを提供するNECは,Winnyの通信を規制する代わりに,ユーザーのセキュリティ意識を高めるための啓蒙活動に取り組んでいる。セキュリティ関連情報の共有などを目的にプロバイダや通信事業者が集まって設立した「Telecom-ISAC」(Information Sharing and Analysis Center)の活動は,その一例といえる。

 ただし、この方法の問題は、本当にすべてのインターネット・ユーザーがセキュリティ意識を高く持てるようになるかどうか、という点にある。近ごろは小学生でも気軽にインターネットを利用している。インターネットが情報インフラとしてさらに広く使われるようになると,すべてのユーザーに高いセキュリティ意識を持つことを期待するのは難しくなるだろう。

 (4)のWinnyのセキュリティ・ホールを徹底的につぶすというのは,ちょっと良さそうな手段に思える。Winnyネットワークに情報を流出させる「Antinny.G」などの暴露ウイルスに感染する危険性がなくなれば,情報漏えい事件は減るはずだ。

 さらに,Winnyにはバッファ・オーバーフローを招くセキュリティ・ホールがあるという報道もなされた。著作権法違反幇助に当たるとして,開発者である金子勇氏はWinnyをアップデートしてセキュリティ・ホールをつぶすことはできないが,もし可能であれば,情報漏えいの対策,および,Winnyを起動させているパソコンのセキュリティを守る対策として即効性はありそうだ。

 しかし,この対策ではすでに流出してしまった情報をストップさせることはできない。Winnyというソフトのしくみでは,一度Winnyネットワークに流れ出たファイルをすべて取り戻し,消去するのは事実上不可能だからだ。この点は,(1),(2),(3)の各方法でも同様のことが言える。ただ,(1)と(2)の場合では情報をやりとりするネットワーク自体がなくなるので情報の再流通は阻止できるが,(3)と(4)の場合は情報の再流通を阻止できない。

すべてのWinnyユーザーが自主的に使用を止めればいいのだが・・・

 極端な言い方をすれば,Winnyネットワークはすでに「汚れたネットワーク」になってしまっている。Winnyを介した情報漏えいを完全に止めるには,やはり,Winnyネットワーク自体を止めるよりほかに方法はなさそう。ただ,すでに書いたとおり,(1)や(2)の方法は上からの規制という格好になるので,個人的に反発を感じてしまう。「現実的ではない」という批判を恐れずに書くなら,Winnyを介した一連の情報漏えい事件を終息させる一番望ましい方法は,(5)の全Winnyユーザーが自主的にWinnyの利用を止めることだと考える。

 1人がWinnyを使うことを止めても,Winnyによる情報漏えい事件を終息させるという目的を達成できない。プロバイダ1社がWinnyの通信を遮断しても,さほど効果は上がらない。しかし,Winnyの全ユーザーがWinnyの利用を止めれば,Winnyネットワークが停止することになるので,Winny経由の情報漏えいは根本からなくなる。

 だからといって,他のP2Pファイル共有ソフトに移行するのでは,効果は半減する。先に見たように,すでにShare経由で情報漏えいを引き起こす暴露ウイルスが存在するからだ。ほかのファイル共有ソフトをターゲットとしたウイルスが登場する危険性は常にある。暴露ウイルスに感染せず,万が一情報が漏えいしてもそれを取り戻してネットワークから消去できるようなP2Pファイル共有ソフトが登場するまで,ファイル共有ソフトから離れた生活をするというのが一番いいのではないだろうか(さらに著作権保護対策も盛り込まれていれば,著作権者にとっても好ましいはずだ)。

 ただ,この方法はあまりに現実性に欠けると多くの読者は感じるだろう。そこで,(5)の方法に現実味を持たせるとすれば,以下のようなオプションが考えられる。それは,前述のように修復不可能なセキュリティ・ホールがあるWinnyを使いつづけることの危険性を広くアピールすることで,Winnyの利用を控えさせるという方法だ。また,それでも効果がないようなら,Winnyの利用が著作権法に違反する恐れがあるということを広くアピールするという手段もある。

 Winnyのしくみ上,コンテンツを最初に“放流”したユーザーばかりでなく,Winnyを使い続けるユーザーは誰でも,著作権法違反に問われる可能性がある。Winnyでは,コンテンツを効率的に配信するために,ファイルを各ノードに「キャッシュ」として保存しておき,後で同じコンテンツを要求してきたユーザーに対して,そのキャッシュを配信するようになっている(関連記事「Winny(ウィニー)のしくみ」)。自分でダウンロードしたファイルはもちろん,ダウンロードを中継しただけでもパソコンにキャッシュが残る。こうしたキャッシュが残っている状態でWinnyを使い続けていると,著作権のうち公衆送信権を侵害していることになると見なされかねないのだ。

 実際に法律に違反している可能性があるという事実を突きつけられれば,Winnyを使い続けるユーザーは減るだろう。もっと強引な手法としては,実際にWinnyユーザーを手当たり次第に著作権法違反の疑いで起訴するという手もあるかもしれない。強権的な措置だが,(1)や(2)の方法に比べれば,こちらのほうがまだ望ましいと思えてしまう。

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 2回にわたって掲載した記者の眼に寄せられたコメントを読ませていただき,まだまだ取材不足の点が多いことに改めて反省させられた。今後も,法律の専門家や各プロバイダなどへのインタビューからこの問題を掘り下げていきたい。