前回 のコラムでは固定資産台帳に絡めて『機械の稼働時間』を述べました。これと並んでコスト管理の双璧となるものに『人の活動時間』があります(注1)
 企業は所詮『人』によって構成されるものですから,『人の時間』を管理することがコスト管理に直結するといっても過言ではありません。人の時間の管理方法について,多くの企業(特にメーカー)で採用されているものに『工数管理』があります。

「タカダ先生,最近の新入社員は漢字力が不足してダメですよねぇ。工数を『えかず』と読んじゃうんだから困ったものです」
でも,大企業の部長さんでも貸借対照表を「かしかり対照表」と呼んでいることがありますから,新人クンだけを笑うことはできませんよ。

 さて,その工数(こうすう)は,人数と作業日数を掛け合わせたものとして求められます。式で表わせば,次のようになります。

(工数)=(人数)×(作業日数)

 たとえば,ある作業について5人がかりで10日間行なうならば,50工数(=5人×10日間)となります。世間一般的な用語で表現するならば,工数は「延べ人数50人」または「延べ日数50日」となります。
 この工数に,「1日あたりのコスト」を乗ずると,その作業に要するコストの合計額を求めることができます。1日あたりのコストを2万円と見積もって先ほどの50工数に乗ずると,100万円(=2万円×50工数)という値を求めることができます。
 工数はこのように非常に簡便な方法でコストを算出できることから,多くの企業のシステムで記録されています。しかし,コスト管理の観点からすれば,これほど厄介なものはありません。

 まず,「1工数」が「1日あたりの活動時間」であることは異論のないところでしょう。ところが「1日あたりの活動時間」は一体,何時間なのか,企業によってバラつきがあります。
「当社では昼休みを除いて,7.5時間ですかね」
そうですか。筆者の経験では1工数の単位について,短い企業で4時間,長い企業で8.5時間ありましたよ。50工数といっても,企業によっては200時間(=50工数×4時間)から425時間(=50工数×8.5時間)までの幅があることになります。
 また,工数に乗ずる「1日あたりのコスト」は,ほとんどの企業で「鉛筆なめなめ」のブラックボックスと化しており,筆者は,いままで関与してきた企業から,算出根拠に関する合理的な説明を受けたことが一度もありません。

 この曖昧さを悪用することによって,官公庁と取引のある民間企業が『水増し請求』するのは,よく知られた事実です。こうした企業には紛れもなく『二重帳簿システム』が存在します。
 IT革命以前は手書きの帳簿が2冊あって,そのうちの1冊(裏帳簿)は女子ロッカー室に保管されていたものですが,いまではパソコンの中に裏帳簿も秘とくされ,パスワードによって管理される時代となりました。それを『ウリ』にするERPシステムもあるようです。

 話が脱線してしまいました。
 今回は,工数自体の議論をするつもりはありません。コスト管理を行なうにあたって工数はデータとしてアバウトすぎる,ということを申し上げたいのです。

「そういえば,この間,タカダ先生から紹介されたコスト計算の本を読んだところ,工数という用語はまったくなかったですね」
 よく気がつきました。コスト計算の世界では工数はまったく登場せず,『直接活動時間』や『間接活動時間』といった概念ですべてが語られます(注2)。工数がコスト計算の中で登場しないのは,先ほど述べたように,工数の幅が非常に曖昧なことによります。『50工数』で200時間から425時間までの開きがあっては,コスト管理に役立たないですよね。

 そもそも工数というのは,生産管理システムの世界で用いられる尺度です。その根本には「いつまでに完成し,納品できるか」といった『期限』への着目があります。期限をにらんで,何人の従業員を投入して何日前から作業に着手すれば製品が出来上がるか,そこに工数管理=生産管理システムの特徴があります。建設業界やソフト開発業界では期限遵守が第一とされているため,工数管理は非常に重要な位置を占めます。
 これに対し,コスト計算は期限ではなく『期間』に基づいて行なわれます。材料費や人件費をインプットし,製品としてアウトプットされるまでの期間において発生したコストはいくらか,を求めます。
 この違いを認識しているかどうかによって,コスト管理の巧拙が分かれます。

 また,コストを『IT』でコントロールしようとして失敗する原因には,生産管理システムで把握している工数を原価計算システムに当てはめようとすることがあります。

「当社は昨年,売上高がようやく10億円を突破しましたが,その損益計算書を8桁電卓で検算しようというのと同じですね」
8桁電卓では1億円未満しか計算できませんから,たとえとしては当たっています。

 もっと悲惨なのは,IT推進の美辞麗句に踊らされて,工数管理とは別に時間管理ソフト(いわゆる勤怠管理)を導入している企業が多いことです。これは『時間』に関する二重帳簿システムです。さらには,コスト計算で『第3の時間』を記録しようとしている企業もあります。屋下に屋を架すにとどまらず,屋上に屋を架すようなものです。
 『ムリ,ムラ,ムダ』の排除は生産管理の基本ですが,『IT化』というのは新しい『ムリ,ムラ,ムダ』を生み出しつつあるのかもしれませんね。

 なお,このコラムも5回を数えるまでになりました。

 1回のコラムの文字数を3千字以内としているので,読む側としても色々と疑問が湧くことでしょう。そこで,このコラムに関連して生じた疑問点や書き足りなかったことを,筆者が主催する日経ビジネススクールのeラーニング『よくわかる管理会計入門 』内に開設されている『掲示板』で扱っていくことにしました。eラーニングは有料ですから,掲示板は誰でもご覧いただくというわけにはいきませんが,受講生の方には,このコラムに関連するテーマを丁寧にフォローしていく予定です。

(注1)人については一般的に「作業時間」と呼びますが,このコラムでは「活動時間」と呼ぶことにします
(注2)上記(注1)で説明したように,このコラムでは一般的な用語である「直接作業時間・間接作業時間」ではなく「直接活動時間・間接活動時間」と呼ぶことにします


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/