「改善」と「改革」。どちらも経営の重要課題であり字面も似ているが,意味するところは異なる。改善は「今までの状況に工夫を加えてレベルアップすること」,対して改革は「方法そのものを根本から変えて,異なった環境をつくり上げること」。まずこの違いを念頭に置きたい。

 日頃の改善の積み重ねも大切だが,「うちは大丈夫,といううぬぼれ」,「せっかくここまでやったのだから,という未練」,「以前はこの方法でうまくいった,という慣例重視」を厳に戒め,トップ自らが率先垂範の気概を持ち,時には蛮勇をふるって改革を断行してこそ,企業の発展が望める。確かにITは業務の改善には役立つが,各人の意識が根底から改革されない限り,真の「情報活用」など不可能となる。

 何度も繰り返すが,ITは「道具」でしかない。使い手たる「ヒト」が確かな目的意識をもって情報に接し活用しなければ,せっかくの「魔法の箱」であるコンピュータも,単なる「情報の入れ物」や「そろばん」に過ぎない。「積ん読」ならぬ「置いとく」だけの存在とならぬよう十分に注意しなければならない。


画面の数字を眺めるだけでは宝の持ち腐れ

 運転中に数秒間目を閉じるなんてとても不可能だ,誰もがそう思うだろう。しかしカーナビを操作しようとして,またタバコを吸おうとして,数秒間注意が疎かになることが無いと言い切れるだろうか。長い直線道路で漫然と前方を見ていることは無いだろうか。

 企業においても,本業とかけ離れたことに目が向いてしまう「脇見経営」,生活者の要求や要望,時代の変化,経済の動向などに注意の行き届かない「近視眼的経営」では,企業を安全に操業していくことなど不可能だ。最新のIT機器とシステムを装備し,在庫や売上高などの情報を全社で共有したとしても,各職場でパソコンの画面上の数字を「ただ眺めている」だけでは宝の持ち腐れになりかねない。

 「みる」という単語には,ただ眺めるだけの「見る」,細かく観察する「観る」,医者が病状を捉えるように「診る」,そして看護師が患者の立場になって気遣う「看る」など,様々な漢字が当てられる。他社に先駆けて,有用な情報をすばやく大量に収集・分析し,有効に活用できるようにシステムを常に更新しておくだけではなく,情報を一つひとつ細かく「観て」,将来の問題発生の可能性を「診て」,お客様自身がまだ気付いていない不平や不満を「看る」心がけも大切だ。

 今日のような変革期にあっては,確固たる基本戦略を立案し強い意志を持って遂行しなければならない。と同時に,常に新鮮な情報を素早く収集・分析して時代の流れを注視し,状況に応じて自在に対応できる「朝礼朝改」の戦術と,従来の「重厚長大」ではなく「軽薄短小」で小回りのきくスマートな組織を完備する。そうやって経営のスピード化を果たさなければ,時代の勝者となることはできまい。そして経営者には,冷静に状況を見極める沈着さが何よりも必要だ。ITを先走って導入し,「あ,痛てぇ!」という結果に終わってしまうことのないよう,くれぐれも自重したい。

 さて次回は,少々抽象的だが当社の本業であるチョコレートに絡めて,「ITとチョコレートの未来」について考えてみよう。


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■原 邦生 (はら くにお)

【略歴】
 メリーチョコレートカムパニー,代表取締役社長。1935年東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業後,同社に入社。取締役,常務取締役,代表取締役専務を経て,1986年より同社代表取締役社長に就任。1958年に日本で初めてバレンタインセールを企画。現在の巨大なバレンタイン市場の「生みの親」でもある。営業畑を歩んで来た一方で,独自の社内情報システムも一貫して推進してきた。2004年より,経済産業省が推進するIT経営応援隊(中小企業の経営改革をITの活用で応援する委員会)の本委員会会長,東京商工会議所常議員(CSR委員会委員長)などを務める。

【主な著書】
『家族的経営の教え』(アートデイズ),『今週の提言』(ストアーズ社),『この商いで会社をのばせ!』(かんき出版),『朝礼でちょっと考えてみたい52の話』(ストアーズ社),『続・朝礼でちょっと考えてみたい52の話』(ストアーズ社),『新・朝礼でちょっと考えてみたい52の話』(ストアーズ社)『新新・朝礼でちょっと考えてみたい52の話』(ストアーズ社),『小さな変化で,大きな流れを読む 朝礼でちょっと考えてみたい52の話』(ストアーズ社),『感動の経営~想いを贈る企業を目指して~』(PHP研究所),『社長は親になれ!』(日本実業出版社)など。

【関連URL】
メリーチョコレートカムパニーのWebサイト http://www.mary.co.jp/