■どのITベンダーの営業担当者も、自社製品・ソリューションの導入事例、成功事例を営業トークで使います。導入企業で成果が出ていると、その説明にも思わず力が入ります。しかし、そこには大切なポイントが・・・。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 顧客に対して自社製品・ソリューションの説明は一通り終えた。次は、たいてい導入事例の紹介だ。

「当社の製品は、あの金融大手のA社様でご導入いただいておりまして・・・」
「流通最大手のB社様でも、グループ全体で当社システムをご利用いただいており・・・」
などと名だたる企業名を挙げて導入実績を紹介する。

 またそこに、目に見える成果がくっついていれば,

「C社では当社のERP導入で、年間5億円の間接費削減が実現しました」
「D社では当社の営業支援システム導入で、営業の目標達成率が30%アップしました」
と“成功事例”の話になる。

 このように、導入企業で明確な成果が出ていると心強い。システムがちゃんと動いているかではなく、本来の目的である“経営課題の解決”に結び付いていることが実証されているわけだ。思わず営業も強気になる。

 しかし、会社がいくら儲かったからと言って、その担当者がおいしい思いをしているとは限らない。年間削減した5億円の何割かが給料として還元されているという話は聞かない。

 ERPの導入の場合、管理部長が一生懸命業務改革に取り組んだ挙句、自分の居場所がなくなってしまった、なんて笑えない話が実際にある。また、営業支援システムを導入した結果、テレビのCMみたいに「売れ売れ!」ばかりの鬼軍曹マネージャーがクビになってしまったなんてこともある。

個人がどれだけハッピーになったのか

 我々がサービスを売るのは対企業だが、営業現場はあくまで対個人だ。 「そのシステムを導入することで、自分にどんないいことがあるのか」 こっちの方が、会社がいくら儲かるかより、はっきり言って大切なのである。

 たとえば、さきほどの事例が

「当社のERPを導入された担当次長は2年後にCIOに抜擢されたんです」
「当社の営業支援システムを導入された営業部長は、その功績が認められて執行役員に昇進したんです」
となると、どうだろう。

こっちの方が,「会社がいくら儲かったか」より断然インパクトは大きい。当然責任ある立場の人は会社のことを真剣に考えている。しかし、相手も人間である。あくまで会社に貢献した結果としての自分のキャリアや収入のアップがモチベーションだ。

だから、その製品・ソリューションの導入が自分の人生にどのようにプラスになるかが具体的にイメージできれば、商談に乗り気になってくるのだ。成功事例では、企業としての成功はもちろん重要だが、その担当者にとって個人的にどのような“良いこと”があったのかを語りたい。

プロジェクト担当の○○氏を熱く語れ!

 おそらくITベンダーのほとんどの営業はこれまで、そういうことに関心を持ってこなかったし、実際にそこまで把握していないだろう。これからは、自分が製品・ソリューションを売ったあとに、お客様担当者がどのようなキャリアを歩んでいるのかをしっかり追跡して、把握するようにしたい。

 みんなすごい出世をしているなら言うことない。しかし、そううまい話ばかりではない。ただ、どんなケースでも、担当者がどういう思いでその製品・ソリューション導入に至ったのか、担当者のキャリアにおいてそのプロジェクトがどのようなものだったのかを知り、担当者個人のストーリーとして事例を語れるようにしたい。

 大きな仕事をした人は、たとえ派手な昇進や報償がなくても、『プロジェクトX』に出演している自分の姿を密かに思い描いているものだ。

だから、顧客の前で成功事例を語るときは、心の中で中島みゆきの『地上の星』をBGMにして、個人の感動のドラマとして熱く語るのだ。そうすれば、必ずエンディングでは「受注」というテール・ライトが照らしてくれるはずだ。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。