図3 フリーになることによる主な落とし穴<BR>フリーになると,主体的に仕事を選べる,単位時間当たりの実収入が増えるといったメリットがある一方で,見過ごせないデメリットも生じる。すべてが自己責任になり,生活の不安定さも増すことを自覚する必要がある
図3 フリーになることによる主な落とし穴<BR>フリーになると,主体的に仕事を選べる,単位時間当たりの実収入が増えるといったメリットがある一方で,見過ごせないデメリットも生じる。すべてが自己責任になり,生活の不安定さも増すことを自覚する必要がある
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図4 フリーになる際に行うべきこと&lt;BR&gt;IC協会の岩松祥典専務理事の意見を参考にまとめた。すべては,フリーになる目的や目標,自分の強みを考えたうえで,覚悟を決めることから始まる
図4 フリーになる際に行うべきこと<BR>IC協会の岩松祥典専務理事の意見を参考にまとめた。すべては,フリーになる目的や目標,自分の強みを考えたうえで,覚悟を決めることから始まる
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 次に,フリーのITエンジニアとして仕事をしていくうえでの「落とし穴」について見ていこう(図3[拡大表示])。起業よりフリーになることのほうがハードルは低いが,すべてが自己責任になる点では同じである。フリーITエンジニアの営業や契約事務の代行などを行う首都圏コンピュータ技術者協同組合の横尾良明理事長は,「覚悟なしにやっていけるほど甘い世界ではない」と警鐘を鳴らす。

 フリーになったが,会社勤めしていたころに比べて収入が増えない──。そんなケースが少なからずあるという。これが収入に関する「落とし穴」だ。フリーになると,退職金などあるわけもないし,年金や福利厚生費などはすべて自己負担になる。会社員のときと同じ収入では,実質的にマイナスである。

 収入が伸び悩む人の傾向の1つとして,仕事を選り好みすることが挙げられる。「やりがいがあり,満足できる単価注2)で,勤務地が自宅近隣,といった好条件の仕事しか受けないようでは,仕事の量をこなせず収入は伸び悩む」(横尾理事長)。

 主体的に仕事を選べることは,フリーになる大きな利点の1つ。ただし,仕事を厳選することと収入を増やすことは,基本的にトレードオフの関係にある。

 フリーのITエンジニアで,安定して年収1500万円を稼ぎ出している掘田主税氏は,「依頼があれば時間のある限り,基本的にどんな仕事も引き受けている」という。例えば,大手システム・インテグレータの契約社員として大規模開発案件のプロジェクト・リーダーを務める一方で,知人の事務所に出向いてインターネット接続のセットアップも行う。

 もちろん仕事の選択肢を増やせば,それだけ仕事の厳選と収入増を両立しやすくなる。それには,やはり人脈がものを言う。「ITエンジニアが独立して成功する本」の著者であるインディペンデント・コントラクター(IC)協会の岩松祥典 専務理事は,「元の勤務先や仕事をしたことのある顧客との関係を維持するのはもちろん,ITエンジニアの懇親会や異業種交流会などにも積極的に参加すべき」という。また人脈だけでなく,人材派遣会社,首都圏コンピュータ技術者協同組合のような営業の代行サービスを利用するのも,仕事の選択肢を増やすうえで有効である。

現状に安穏としがちに

 フリーのITエンジニアにとって命綱と言えるのが自分のスキル。しかしIC協会の岩松専務理事は,「フリーになると現状に甘んじがち」と指摘する。これも,陥りがちな「落とし穴」の1つだ。

 冒頭のケース2で紹介した古庄氏は,現状に安穏とせず継続的にスキルアップを図るため3つのことを心がけているという。メインの案件とは別に短期のサブ案件も請け負って新しい仕事の分野を開拓する,毎月1回はIT関連の展示会に出かけて新しい技術の目利きをする,毎月5万円以上の書籍・雑誌を買って知識を吸収する,といった具合だ。「市場ニーズに合わせてスキルを高めていかないと,収入は先細りしていく。その危機感は常に持っている」(古庄氏)。

 このほかケース2でも紹介したが,取引先との契約についても落とし穴がある。「フリーだと軽く見られて契約をほごにされることが少なからずある」(同)。そのためにも,契約書を取り交わすのは不可欠。「契約書では支払い条件ばかりに目がいきがちだが,トラブルが起きたときの瑕疵責任の所在などもしっかり確認する必要がある」(IC協会の岩松専務理事)。

 また,健康の落とし穴にも気を付けたい。会社員と違って,病気で働けない間は,収入が途絶える。「健康を害したときのリスクを抑えるためにも,保険や共済への加入を検討すべき」(同)。また身体の健康だけでなく,メンタルのケアも心がける必要がある。ただでさえITエンジニアの仕事はストレスが大きい。仕事に関して相談できる相手は必ず見つけたい。

目的と目標を明確にする

 ここまで,フリーで仕事をしていくうえでの落とし穴を見てきた。それを踏まえて,フリーになる前後で行うべきことを図4[拡大表示]にまとめた。大半はこれまでに述べたことだが,そのなかで1つ強調したいことがある。それは,「独立する目的や目標,自分の強みを明確にしたうえで,独立してやっていく覚悟を決める」ということだ。

 IC協会の岩松専務理事は,職務経歴書の作成から始めることを勧める。「仕事の経験を文書に書き出すことで,自分がどんな分野に強みを持っているかが分かる。それを手掛かりにすれば,これから何をしたいのか,どうすればいいのか,といったことが見えてくる」。

 こうして独立する目的,目標を明確にすれば,モチベーションが高まり,覚悟が決まる。フリーになるのは,それからでも決して遅くないはずだ。

(中山秀夫)