この連載では,架空の企業を舞台に企業内ネットワークの運用管理を誌上体験する。今回は,営業部門のローカル・システムを構築するに当たって,要件整理からシステム構成の決定までを見ていこう。
○×商事の営業一部に所属する高橋(たかはし)くんは,この4月から営業部門のIT推進委員に任命された若手社員。そんな高橋くんは,営業部門の情報共有システムを勝手に立ち上げようとして,社内システムをダウンさせてしまった*。
その対応に追われた情報システム部の島中(しまなか)さんは,高橋くんに厳重注意すると共に,営業部門の考える情報共有システム構築の手助けを買って出た。トラブル発生から1週間後,営業部門での要望がまとまったという連絡を受けたので,島中さんは情報システム部の打ち合わせスペースで高橋くんを待っていた。
高橋:こんにちは。先週はご迷惑をおかけしてすみませんでした。島中さんのお言葉に甘えて,相談にのっていただきたくて,営業部門の要望をまとめてきました。
島中:じゃあ,詳しく聞かせてくれるかな。
目的は社外への情報提供と部内の情報共有
○×商事の営業部門では,顧客である代理店の満足度を向上させる目的で,さまざまな情報を共有できるサービスを提供したいと考えている。代理店向けに提供するサービスは,(1)メールマガジン(メルマガ)の発行,(2)Webの掲示板を使った情報共有,(3)最新資料のダウンロード・サービス——の三つだ。
(1)のメルマガは,新製品情報の配信に使う。○×商事の営業部門で扱う新製品の数は多いので,2週間に1回の割合で新製品のニュースを配信したいと考えている。
(2)のWeb掲示板は,製品サポートに使う予定だ。代理店から質問を受け付け,それに対して営業部門の担当者が回答するというQ&A形式のサービスを提供する。
(3)のダウンロード・サービスでは,各種商品の最新資料を提供する。メーカーが用意する資料はとても多く,すべてをメルマガで配信できない。そこで,そうした詳しい情報を代理店からいつでもダウンロードできるようなサービスにしたいというのが営業部門の意向である。
高橋:あと一つ,営業部門内で情報を共有できるように,Webの掲示板を用意したいんです。
島中:あれ,営業部門内の情報共有にはメーリング・リストを使うんじゃなかったのかい?
高橋:Web掲示板で情報共有ができるんなら,そっちの方がいいんです。メーリング・リストは僕が勝手にやった事なんで…。
島中:よし,わかった。いままで高橋くんが説明してくれた要望事項とそれぞれ検討しなければならないポイントを整理してみよう。
島中さんはホワイトボードに要望と検討事項を書き出した(図1[拡大表示])。
運用中のサーバーを使うか新規に設置するか
島中:まずメルマガの配信から検討していこう。メルマガには当然メール・サーバーを使うんだけど,専用のメール・サーバーを用意するのか全社インフラのメール・サーバーを使うのかを決めなければならないね。
高橋:はあ。
島中:それには,一度にどれくらいの量のメールを配信するのかがポイントになるんだ。配信するメールの数はどれくらいかな?
高橋:えーと,代理店が100社程度でそれぞれ担当者が二人くらいいるので,全部で約200通になると思います。
島中:それなら,今回は全社インフラのメール・サーバーを使うことにしよう。
高橋:全社インフラを使ってもいいんですか?
島中:ああ。その程度なら,全社インフラに与える影響は微々たるものだからね。それに,メリットもあるんだ。
高橋:メリットってなんですか?
島中:ウイルス対策だよ。メール関連のシステムを考えるときは,ウイルス対策を忘れちゃいけない。社内インフラを使えば,そのまま社内のウイルス・チェックのしくみが活用できるんだ*。
高橋:営業部門だけのローカル・システムなんで,てっきり新しいメール・サーバーを用意しなくちゃいけないもんだと思ってました。
島中:ははは,何でもかんでも新しく用意する必要はないんだ。全社インフラでも使えるところは使って,うまく共存していけばいい。
高橋:わかりました。
島中:じゃあ,代理店と情報共有するためのWeb掲示板と最新資料のダウンロード・サービスで使うWebサーバーはどうかな?
高橋:ええと,メール・サーバーと同じく全社インフラを使えばいいんじゃないですか?
島中:おやおや,そうかな? ダウンロード用の資料のサイズは大きいんじゃなかったかい?
高橋:あっ,そうか。すべての商品に関連する資料をいつでもダウンロードできるようにしておかないといけないから,大容量のハードディスクが必要になります。
島中:だったら,Webサーバーは専用のものを用意した方がいいね。○×商事のWebサーバーはおもに会社のホームページ用だから,ハードディスクの容量も少ないんだよ。できれば営業部内のWeb掲示板も新設するサーバーで動かすといいんじゃないかな。用意するサーバーの台数は1台で済むよ。
高橋:なるほど。わかりました。その方向で検討をお願いします。
回線とドメイン名も新規に用意するか
島中:次は外側から見ていこうか。
高橋:外側ってなんですか?
島中:インターネットへのアクセス回線とドメイン名*をそれぞれどうするかを考えるんだ。
高橋:えっ。アクセス回線って,会社の回線をそのまま使えるんじゃないんですか? だってその方が早くできるし安く済みますよね?
島中:今会社で契約しているアクセス回線は全社員が使っているものだ。新しく構築する営業用のシステムをこの回線に乗せた結果,全社員のインターネット利用に影響を与えるようだと,同じ回線を使うわけにはいかない。
高橋:なるほど,サーバーのケースと同じように考えるんですね?
島中:その通り。今回は,大容量ファイルのダウンロード・サービスのように,アクセス回線の帯域を多く使うケースが考えられるね。しかも,メルマガを配信した直後はアクセスが集中しがちだ。メールを読んだ人がどっとアクセスしてくることが考えられるからね。どの程度のトラフィックが発生するかわからないけど,営業用の新システムには専用の回線を用意して危険を回避しておく方がいいだろう*(図2[拡大表示])。
高橋:アクセスが集中してもいいように,会社の回線を太くすることはできないんですか?
島中:そういう考え方もあるけれど,システムというのは今のことだけを考えて設計してはダメなんだ。特に,全社で使うアクセス回線の速度といった問題は,長期的なビジョンを基に決められるからね。今回のようなケースは,専用の回線を用意して,問題が発生してもフレキシブルに対処できるようにしておきたいね。
●筆者:佐藤 孝治(さとう たかはる) 京セラコミュニケーションシステム データセンター事業部 東京運用監視課・責任者 社内,社外のシステム・インフラ導入業務を経て,現在はデータ・センターの構築・運用管理に従事している。 |