文・清水惠子(中央青山監査法人 シニアマネージャ)

 EA(業務・システム最適化計画)の自治体での実際の取り組みを今回からは紹介したい。総務省自治行政局自治政策課では、全体最適の観点から業務・システムの一体的な改革を進めることにより、重複投資の回避、システムのオープン化・モジュール化、円滑な相互連携を可能とし、適正なシステムの調達環境を実現することを目的に、自治体EA事業を行っている。その中で、まず、埼玉県川口市のEAへの取り組みを、主にEAの“ご利益”、つまり、EAを実際に導入したことによる効果に焦点をあててご紹介したい。

■EAの“ご利益”=導入したことによる効果を見せる

 政府のガイドラインは、EAの手順を記載しているが、残念ながら実際の“ご利益”の記載が明確ではない。このため、EAの各種成果物を作成すること自体が目的であるかのようになり、その成果物の活用の仕方が見えていない。EAが本来の持つご利益を理解することは、EAの成果物を作成する目的を明らかにすることでもある。この実践編ではEAに取り組んだ川口市の実際の体験から、その効果を紹介したい。

 川口市のEA事業の目指すところは「市民満足度の向上」「職員間の知識の共有」「大幅な経費節減」の3点である。これらをどう実現していくのか、その過程を総務省の資料(電子自治体のシステム構築のあり方に関する検討会第6回 資料3「添付資料:川口市作業における成果物」等)を援用しながら説明していく。

■自治体EAが目指すべきもの──地方自治体のコアコンピタンスを見出す

 政府のEAは国民の利便性向上、安価で効率的なシステムといった目標を掲げているが、地方自治体のEAが目指すべきものは、その地方の独自性を生かす業務・システムの最適化を実施することであり、住民満足度の向上である。それは言い方を換えるとその地方自治体のコアコンピタンスを見出すことでもある。その自治体が自治体としてそこに存在する意義を見出すことである。少子化による人口減少が語られているが、もし、住民がお客様とすれば、この自治体に住み続けたいと願う自治サービスの提供がその自治体が存在し続ける意義になる。

 川口市のEA事業の目指すところは、前述のように「市民満足度の向上」「職員間の知識の共有」「大幅な経費節減」の3点である。この事業では、IT(システム)ありきでは無く、業務の改善が強調されている。岡村幸四郎川口市長インタビューで川口市の方向性を確認できる。

■刷新の方向性とSWOT分析──川口市職員延べ1200人が参加

 「顧客満足度の向上」「市民満足度の向上」を目指すときに、その具体的な刷新案はどのように見出せば良いのであろうか。ここで登場するのが行政環境分析としてのSWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析である。このSWOT分析には、大前提がひとつある。それは「参画型」で進めなくてはならないということである。自分たちが置かれている外部環境(機会、脅威)と内部環境(強み、弱み)を参加者(自治体の職員)が共有しながら、自由に発言し、方向性を自ら見出すことに意味がある。

 川口市のSWOT分析は、IT推進会議(部長級)IT推進委員会(課長級)と順次実施され、市全体の方向性から、次第に具体的な「内部管理業務」「基幹業務」「その他の業務」の業務改善を成功させるために実行すべき行動(行動成功要因)を導き出すことにつながっている。

 実際の作業は上のリンク先から参照できる。川口市は約4000人の職員(消防、病院〔医師、看護士等含む〕、学校〔教員は除く〕)が勤務しているが、SWOT分析の最終参加人数は、延べ1200人に達している。全ての自治体でこの規模の取組が必要と考えると足踏みしてしまうかもしれないが、必ずしも、この規模で全て実施しなくてもよい。住民に身近な特定の業務に絞り込んで分析することも可能である。また、逆に規模の小さい自治体では全員参加も可能かもしれない。ケースバイケースで実践することになる。

 SWOT分析には、経営の各階層のそれぞれの立場での分析をする。階層としては、社長、専務など経営層、部長など管理層、現場を担当する現業層と大きく3段階ある。川口市は先に述べたように、IT推進会議、IT推進委員会と階層を区分して実施している。まず、経営層が全体の大きな方針を見出すことが重要である。その大方針をビジョン・ミッションとし、大まかな行動計画の優先順位をつけ、その必要性に応じて、具体的な方策を検討し、個別の方策を決めるときは、全体の方策との整合性をとることで全体最適と部分最適を同時に実現する方向性を目指すことになる。

■参画型の意味──達成意欲を高める

 関係者の参画は、その計画段階から関与するところに意味がある。単なる参加ではない。SWOT分析を実施する際、まず、ブレーンストーミングで自由に発言し、その後にカードを作成する。話し合いだけだと、「自由に発言」といっても、どうしても声の大きい人だけの意見が優先され、声の小さい人の意見が反映されない可能性があるが、カードを作成することにより、普段、発言しない人も必ず発言することになる。現状の分析も改善の方向性の提案も全員が決められた枚数のカードを作成するため、何らかの自分の考えが反映された方向性が出されることになる。まさに参画したことを実感することになる。

 いかなる目標も他から押し付けられた目標は、その目標を達成する意欲を持ちにくいものである。参画型により、参加者が方向性を共有できるご利益がある。

■ビジョン・ミッションあってのSWOT(強み、弱み、機会、脅威)

 SWOT分析を実施する際に、不可欠の要素がビジョン・ミッションである。単にSWOT(強み、弱み、機会、脅威)があるだけでは、業務・システムを改善するための具体的な行動、主要成功要因(改革を成功させるための行動)は導き出せない。ビジョン・ミッションと言う大目標があって、業務環境分析により可視化された現状の姿を、どのように目標に近づけるか、つまり理想の姿が初めて検討されることになる。

 川口市の場合は、この目標は明確である。市長インタビューにあるように、「市民満足度の向上」「行政サービスの向上」と言う大目標が打ち出されている。この大目標を実現するためには、現状のどの部分が障害となるのか、どの部分が改善の鍵をにぎっているのか、どこを解決すると、その関連するどの部分が変化するのか、その連鎖(因果関係)を可視化していくのがSWOT分析である。

 強みを生かし、弱みを克服し、脅威を避け、機会を生かす行動とは何かを参加者が考え、カードにその自分の解決策を書き、並べることにより、現状だけではなく、目指す理想像もそこに至る行動も可視化され、参加者全員が共有できることになる(川口市での様子はこちら)。これも、EAの“ご利益”である。

 次回は主要成功要因と川口市がどのような具体策をもって顧客満足、市民サービスの向上を目指すことになったかについて話を進めたい。

 なお、川口市でのEAの成果物は、自治体向けの「業務・システム刷新化ガイドライン策定」と「業務・システムに関する参照モデル策定」(参考:共同アウトソーシング推進協議会システム部会第2回会合「電子自治体を推進する主要3事業の関係」)へとつながっている。この2つの成果物は、自治体EA事業と並行して進行している共同アウトソーシング事業にフィードバックされる。自治体で実施される行政サービスは、その地方で独自に追加されるサービスもあるが、自治体で実施されるべき業務の基本的なファンクション(働き)としては同じである。その共通する部分を標準化されたひとつのモデルとして提示することにより、今後の自治体の業務・システム刷新化のための参照モデルとしての活用を目指している。川口市で作成された業務のモデルはいくつかの他の自治体の業務とフィットアンドギャップ分析(川口市と他の自治体の相違点を分析する)をされている。今後、この川口市での成果物をモデルとして、他の自治体で検証しながら参照モデルとして活用されることが期待される。

清水氏写真 筆者紹介 清水惠子(しみず・けいこ)

中央青山監査法人 シニアマネージャ。政府、地方公共団体の業務・システム最適化計画(EA)策定のガイドライン、研修教材作成、パイロットプロジェクト等の支援業務を中心に活動している。システム監査にも従事し、公認会計士協会の監査対応IT委員会専門委員、JPTECシステム監査基準検討委員会の委員。システム監査技術者、ITC、ISMS主任審査員を務める。