10年前,米MicrosoftはLinuxやオープン・ソース・ソフトウエア(OSS)活動を脅威とみなしていたが,それらがどういう性質のものなのか完全に理解していなかった。米IBMや米Netscape(当時),米Corelなど,Microsoftが過去に直面してきた企業による脅威とは異なっていたからだ。LinuxやOSSのことを,競争相手であると同時に宗教や哲学のようにも思っていたのだ。しかし,Microsoftのプラットフォーム戦略部長であるBill Hilf氏によると,これらはすべて過去の話らしい。

 Bill Hilf氏は,LinuxやOSSのことをかなり知っている技術者である。Hilf氏はLinuxコミュニティで10年以上働き,プログラミングやエンジニアリング・マネジメント,Linux技術戦略など,考えうるほとんどすべての職務に従事してきた。Linux技術戦略は,IBM在籍時に担当していた業務だ。今から2年前,Hilf氏はOSS技術研究所を運営するために,Microsoftに転職した。彼がOSS技術研究所で成し遂げた最大の功績は,ソース・コード開示プログラム(SSI,Shared Source Initiative)の立ち上げに尽力したことだ。現在Hilf氏は,オープン・ソース・ソリューションとの相互運用が可能なプラットフォームを開発するグループの運営を任されている。彼の最近の偉業の1つに,OSSの見本市「Linux World Boston」において,Microsoft初の基調演説を行ったことが挙げられる。

 「基調演説中に,冗談で聴衆に物を投げないようお願いした」とHilf氏は筆者に語った。しかし実際には,オープン・ソース・コミュニティのMicrosoftに対する反応は驚くほど良好だった。2005年の「Linux World San Francisco」において,Hilf氏はMicrosoftを代表して技術についてのプレゼンテーションを行ったが,そのときも彼は非常に好意的な反応に驚いたそうだ。Hilf氏は筆者に「われわれのプランを支持する多くの人々から話を聞いた。彼らは,Microsoftがオープン・ソース・コミュニティに戦いを挑もうとしているのではない,ということを知って喜んでいるのだ」と語っている。

MicrosoftとLinuxは「競争と協力(Coopetition)」の関係にある

 Hilf氏はオープン・ソースに対するMicrosoftの立場については残酷なほど正直である。Hilf氏は筆者に「たった今,OSS開発者グループと話をしてきたところだ。私はそこで『いいかい,われわれは利益を目的のソフトウエア会社だ。これが変わることはない。だからわれわれは,Microsoftのソフトウエアを無料で提供するべきだ,という議論に取り立てて興味はない』と語った」と教えてくれた。Hilf氏によると,MicrosoftとLinuxとの関係は「coopetition(競争と協力の双方を行う間柄)」になったのだという。Hilf氏は「OSSから生まれた製品で,われわれの競合製品になっているものがある。それでも,対立関係は以前ほど激しいものではなくなっている」と語っている。

 Hilf氏によれば昔と異なる点は「LinuxとOSSがビジネスの世界にやってきた(降りてきた)こと」だという。OSSが成熟し,IBMや米Novell,米Red Hatといった企業が支援するようになったので,MicrosoftとOSSの議論の内容も,それまでの宗教的だったり哲学的だったりしたものから,製品やサービスそのものや,さらにはMicrosoftとOSS製品との相互運用性などに変化した。。Hilf氏は「OSSは以前よりも商業的になっている。そして,MicrosoftもOSSとともに進化している」と説明する。

 また重要なのは,Microsoftがオープン・ソース・コミュニティにビジネス・チャンスがあるということを理解するようになったことだ。Hilf氏は典型例として「JBoss」を挙げた。JBossは,オープン・ソースのJavaアプリケーション・サーバーである(JBossを作っているJBoss Inc.という会社は最近Red Hatに売却された)。「MicrosoftはJavaのことが嫌いだ」とHilf氏は言う。「だが,現状ではJBossユーザーの半分以上が,Windows Server上でJBossを動かしている。従って,JBossとActive Directoryの連携機能を強化するといったことを行えば,Microsoftとしてもビジネス機会を拡大できる。JBossのユーザーは,Javaを使うことをあらかじめ決めているユーザーだ。これは構わない。われわれがやるべきことは,Windows Server上でのJavaの使用環境を改善することだ」(Hilf氏)。

Virtual ServerのLinux対応はサーバー統合のため

 筆者は,Microsoftが「Virtual Server 2005 R2」でいくつかのLinuxディストリビューションをサポートすることに関して質問した。MicrosoftはVirtual Server 2005 R2を無償で提供している。Hilf氏は,Virtual Serverに求められている役割はサーバー統合であると述べた。

 「主要なサーバーのほとんどがWindows Serverである企業でも,ネットワークのエッジ・サーバーにはLinuxが使われているケースが珍しくない。DHCPサーバーやファイアウオール,Webサーバーなどである。こういったサーバーの多くは,用途が1種類に限られているので,サーバーの台数が多くなりがちである。単機能のサーバーを何台も導入していると,サーバー本体の電力使用料や冷却のために使用する電力使用料が,ITコストの過半を占めてしまいかねない。単機能サーバーを統合することが求められている」(Hilf氏)。ハードウエアの進歩のおかげで,サーバー統合は従来よりもずっと容易になっている。Hilf氏は「企業はどれだけ速く統合を行っても速すぎるということはない」と力説する。

 Virtual Server 2005 R2でLinuxをサポートするもう1つの狙いは,Linux環境の仮想化である。Microsoftでは数年前から内々に,Linuxディストリビューションの仮想化の検証を行ってきたそうだ。Hilf氏は筆者に,彼の研究所には仮想マシン(VM)をベースにしたLinuxディストリビューションが豊富に用意されいることを打ち明けた。Virtual ServerにはWebブラウザのインターフェースがあるので,Microsoftの従業員はローカルでLinuxをインストールしたり,何ギガバイトもある仮想ディスク・ファイルを企業内ネットワークで転送したりすることなく,どのバージョンのLinuxでもテストできるそうである。

 Hilf氏によると,仮想化された環境でも,Linux Serverは何も変わらず動作しているそうである。Microsoft社員は皆,Apache Web Serverのようなアプリケーションを本番環境で動かす前に,仮想環境上のLinuxで動作テストをしているという。こういった仮想環境での動作テストは,Webアプリケーションのテストをローカル・マシンのWebサーバーで行うことと本質的に変わらない,とHilf氏は説明する。「PHP(MicrosoftのActive Server Pagesに似たOSSのWebプログラミング環境)で開発している人は,まずローカルのIIS(Windows付属のWebサーバー)でアプリケーションをテストし,その後,仮想マシン上のLinux環境でテストをして,最後に本番環境のLinuxサーバーに展開するようになるだろう」(Hilf氏)。

 Hilf氏は最近,WindowsとLinuxの相互運用性に関して意見交換するために,「Port 25」というWebサイトを立ち上げた(Webサイト)。Hilf氏は「われわれはポットをかき混ぜたい。風通しを良くしたい。また,バランスの取れた意見の交換が必要だ。熱狂的な声の大きいLinux信者がいたら,その一方でそれをなだめる実利的なWindowsガイがいる,といった具合になることを望んでいる」と語っている。