郵政公社の民営化が決まった。筆者は昔からの民営化論者だ。しかし政府が目指すNTT,JR型の民営化手法には賛同しない。確かに郵政事業は国営では立ち行かない。今の公社で残すのも時代遅れだ。だが既存事業を「民間企業化」し、さらに「上場して儲ける」というのは政治的プロパガンダとしては分わかるがビジネスの発想からすれば現実味に乏しい。郵政民営化の意義を改めて冷静に考えてみよう。

■貯金・保険・小包・信書は民間に払い下げる

 貯金・保険・小包・信書の市場は成熟し、かつ特段の技術を必要としない。既存の民間企業にまかせておけばよく、国が手がける必要はない。解散すべきだ。またいまさら民間会社化しても競争に勝てない。消費者からみると民間と互角に競争しているように見える。だが事業の存立基盤や仕組みが違う。官の枠組みから外したとたんに瓦解するだろう。特に貯金は厳しい。リテールバンキングとは似て非なる存在であり、今さら新規に手がけて利益を出すのは極めて難しい。

■郵便局が秘める可能性――「郵便局連合」の民営事業化を

 郵政事業は次第に陳腐化し、市場価値も下がっていく。ところが「郵便局」は違う。抜群のブランドイメージ、立地、人材を誇り、潜在価値を秘める。まずは店舗をコンビニ化すればいろいろなものが売れる。さらには「公共の受け皿」としていろいろな新規事業が展開できる。郵便局は地元で愛され顧客との接点も密だ。官に由来する信頼感(その是非はさておき)も得ている。これらを最大限に活かすべきだ。「郵便局」が役場と提携し窓口業務を代行というのは典型例だがほかにもいろいろ考えられる。以下、「郵便局」活性化案を例として3つほど挙げる。

(1)「郵便局」ブランドの活用
 ――地域には介護・福祉の事業会社が多数生まれる。これらはいずれ淘汰、もしくはチェーン化されていく。「郵便局連合」が優良な企業と提携し、事業者をネットワーク化できないか。安心と信頼の「郵便局」ブランドを生かした公的サービスの受け皿事業会社ができるのではないか。

(2)指定管理者として
 ――最近、地方自治法が改正され、ホールや各種会館、体育館、公園などの「公の施設」をビルメンテナンス会社などが管理受託できるようになった(指定管理者制度)。だが零細事業者が多く品質や継続性に心配がある。郵便局が局の運営ノウハウなどを生かして新規参入できるのではないか。

(3)施設の建て替えや公的施設の有効活用などの分野
 ――例えば消防署の立替の際に高度化し上層階に分譲マンションを入れるといった工夫、つまり「民営化のビジネス設計コンサルティング業」ができるのではないか。

 これらはいずれもいままで政府が独占していた資産やサービス事業を地域や民間市場に戻していく作業である。このいわば歴史の必然ともいうべき作業(筆者は「平成の大政奉還」とよぶ)の担い手として郵便局は最適の位置にいる。なぜなら官と民の中間的な存在だ。地域に根ざした存在でもある。肥大化したわが国の「官」を地域ベースの「民」にのびやかに転換していく触媒役を郵便局が果たしうる。そう考えれば陳腐化した「郵政公社」の丸ごと民営化ではなく、「郵便局連合」の民営事業化こそが課題だとわかるだろう。またそのためには国の遊休資産や各種行政サービスの整理を郵便局に委ねるという奇策すら浮かび上がってくる。

■経営原則に還る――政府は「郵便局」に投資を

 考えてみれば民営化には2つの手法がある。ひとつは事業を解散・売却し一気に換金する方法だ。もうひとつは組織・事業を温存し、経営形態を民間会社化し、毎年の利益と上場益で親会社たる政府の赤字を解消する方法である。

 貯金・保険・小包・信書などの事業は明らかに前者に適する。だが「郵便局」はこれら4事業の窓口にとどまらない可能性を秘める。政府は「郵便局」が新規事業を展開するための資金投資、さらには不動産などの遊休資産を現物出資をすべきだ。郵政公社はどんどん細るが郵便局は太らせるべきだ。そして毎年の配当益や上場益を財政再建に活かせばよい。

■JRやNTTとの違い――郵政の既存事業に成長の余地なし

 郵政民営化はJRやNTTとは根本から違う。JRには地域独占があり、NTTにはインターネットや携帯など新技術と新市場があった。郵政公社にはコモディティー化した事業しかない。その下での民営化は、すでに社会使命を終えた国営事業を「民営化」の大義名分のもとで民間企業化させつつ存続させるシナリオとすら読める。実は民営化の美名のもとでの不必要な官業の温存ではないか。

 ともあれ郵政の既存事業には成長余地が見出せない。生き延びるために各地の「郵便局」が自らの潜在ポテンシャルを掘り起こし、事業を作っていく必要がある。東京の「郵政公社」まかせでは活路は見出せない。国の行革と同様に、郵政改革においても「分権化」が物事の成否を決めるに違いない。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォー ラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構 造改革工程表』ほか編著書多数。