前々回 のコラムで,筆者自身が原価計算システムを制作&販売していることを紹介させていただきました。その縁で数多くの企業から相談を受けてきたのですが,失礼ながら過去において,コスト管理の意味を理解していると即断できた企業は,たとえば100社あったとして1社もありませんでした。
世はまさにERPシステム花盛り。システムを売り込むベンダー会社の宣伝文句は華やかで,システムを購入したユーザー企業のコメントはどこも成功事例に満ち溢れています。筆者の経験とは雲泥の差があり,ひょっとして筆者は企業との巡り合わせが悪いのではないか,と落ち込んでしまうことがあります。
いえ,そのようなことはありませんね。花盛りの裏には巨大な落とし穴のあることが,多くの企業では見過ごされています。
筆者が企業に対してコスト管理の指導を行なうにあたっては,企業に対して事前に“問診”する事項がいくつかあります。その1つに“固定資産台帳”があります。読者の会社では,固定資産台帳が整備されているでしょうか。
「タカダ先生,何を寝ぼけたことを。そんなもの,あるに決まっているじゃないですか。これですよ,これ」
そういって企業側から差し出される資料は,まず間違いなく"減価償却費明細表"です。これは法人税申告書や償却資産申告書に付随して作成される資料であって,固定資産台帳とは似て非なるものです。
中堅・中小企業で固定資産台帳がきちんと整備されている例を,筆者は見たことがありません。それでいて「コスト管理の手法を早く教えてください」と,多くの経営者は筆者にせっつきます。それはまるで,エアロバイクを買えばその日にうちに胴回りが10センチは縮むはずだ,と信じて疑わぬ姿に似ています。
そして,1年経ってもコスト管理がうまく軌道に乗らない現実に,経営者の多くは「システムが悪いのだ」と不満をもらします。その姿は,一度も使われることなくほこりをかぶったエアロバイクを指さして「オレの体脂肪率が減らないのは,この器具が悪いせいだ」と,ビール腹を揺らして八つ当たりするさまに似ています。
百歩どころか一千歩ぐらい下がって,減価償却費明細表を固定資産台帳に見立てたとしましょう。次なる難関は,その明細表に記載されている固定資産が実際に存在するのかどうかです。これを"資産の実在性"と言います。読者の会社では,“資産の実在性”を確かめたことがありますか,ということです。
減価償却費明細表は法人税申告書などの参考資料ですから,会計事務所が両方の書類を作ってくれる場合が多いでしょう。法人税申告書などを自ら作れぬ企業がコスト管理に取り組むというのも情けない話ですが,その問題は横に置くとして,会計事務所は,本社や工場にある機械装置などの実在性を確かめるサービスまでは提供してくれません。では,システムをセールスしてくるベンダー企業のSEが資産の実在性を確かめてくれるかというと,SEはシステムの「し」の字は知っていても資産管理の「し」の字までは知るよしもなし。
資産の実在性の把握は,企業自身が取り組む作業なのです。
たとえば今,このコラムを読んでいる読者のパソコンについて,それが企業の所有物である場合,備品番号を記したシールが貼られていますか?あなたが使っている机やロッカーに,備品番号のシールは貼られていますか?
「あ,いや,タカダ先生,中小企業のわが社にそこまで要求するのは厳しいですよ」
そうかもしれませんね。
複数の工場建物が敷地内に建っているにもかかわらず,実際の棟数よりも少ない建物しか減価償却費明細表に登録されていない例がよくあって,筆者はそのたびに目が点になります。これは笑い話ではありませんよ。
巨大な建物の管理でさえその程度の企業は,機械装置や器具備品レベルとなると,その実在性を確かめたことなど一度もないはずです。このように怠慢な管理が何に結びつくかは説明するまでもないでしょう。アメリカでは従業員による"備品や商品の着服"が,コストの3割を占めるともいわれています。
なぜ,これほどまでに,資産管理が重要なのか。それは備品の着服を防止するだけでなく,コスト管理を行なうにあたって重要なデータの1つに“機械装置の稼働時間”があるからです。時間の管理方法については“人の作業時間”を含めていずれ説明するとして,資産管理が十分でない企業に,機械装置の稼働時間など記録・測定できるわけがない。それでいてITやらERPやらのシステムをねだる経営者の話を聞いていると「それはちょっと違うでしょう」と筆者から申し上げたくなります。
「でも,タカダ先生。資産を管理するなんて,中小企業には無理ですよ。材料と製品の在庫管理を徹底するだけではダメなのですか?東京のベンダー会社に頼んで,来月から新しい"原価計算システム"を購入しようと考えているところなのですが」
うーん,それはどうなのでしょう。そのシステムって,機械装置などの資産管理についてまでカバーしていますか?
「セールス・パンフには,そこまでの説明はないようですねぇ」
そうですか。
原価計算システムとして宣伝されているものの多くは,実は生産管理システムに「3本の毛が生えた」程度のものだということをご存じでしょうか。材料と製品の在庫数を管理して,それに標準的な単価マスターを加えたシステムは,生産管理システムの延長に過ぎないのであって,原価計算システムではありません。それにもかかわらず「これが原価計算システムかぁ」と勘違いしているケースが多々あります。
資産管理をおろそかにして,それでいてコスト管理がうまくいかないと嘆いているのですから,"IT革命"というのは意外と底の浅いところをかき回しているだけなのかもしれませんね。
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■高田 直芳 (たかだ なおよし) 【略歴】 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。 【著書】 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。 【ホームページ】 事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」 (http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/) |