米シスコシステムズがパートナー向け報奨制度の刷新に乗り出した。「ゴールド」「シルバー」「プレミア」が技術の“幅”を評価するのに対し、“深さ”を見る「マスター」「アドバンスト」「エクスプレス」という認定制度を開始する。



 シスコが新報奨制度を発表したのは、3月13~16日に同社が米カリフォルニア州サンディエゴ市で開催した「パートナーサミット」の場だ。毎年1回開かれる同サミットは主に同社の認定パートナーの代表者が参加するが、8回目となる今年の会議には世界中から2200人以上が集結した。シスコの屋台骨である法人向け事業の売り上げの9割以上がチャネルパートナー経由であり、サミットは同社が今後1年間の営業戦略を打ち出す重要な場である。  シスコの現在の認定パートナー数は世界で約3000社。同社のパートナー報奨制度は、パートナーの持つ専門技術や顧客サポート能力に応じて各社を上から「ゴールド」「シルバー」「プレミア」の3段階でランク付けするプログラムを土台としている。資格に応じて製品のディスカウント率などが異なり、世界で508社(うち日本は25社)のゴールドパートナーが最も手厚い待遇を受けている。

 今回の新報奨制度の目玉は、従来の認定パートナー制度の基本的な枠組みを残しながら、これと並んでパートナーの技術的な専門知識の深さを認定する資格制度を新たに設けることだ。新制度は「Cisco Specializations」と呼ばれ、技術スキルに応じて「マスター」「アドバンスト」「エクスプレス」の3資格を用意する。従来の認定制度はどちらかといえばパートナーが持つ技術の“幅”を審査するのに対し、新制度は特定技術の“深さ”を認定する形だ。

パートナーの技術の深さを認定

 特にシスコがパートナーに対し資格取得を促したい「マスター」は、「匠の技を持つパートナー向け」(シスコシステムズの吉野孝行取締役常務執行役員営業担当)。マスター資格は当面、音声やデータなどを統合ネットワークで流すための「Unified Communications(UC)」と「セキュリティ」の2分野で新設し、資格取得に必要な条件は7月に発表する。マスターを取得したパートナーはこれらの分野の製品でゴールドパートナーと同じディスカウント率を得ることが可能だ。

 一方、ゴールドを中心とした従来の認定制度も、資格の名前や基本的なプログラムの仕組みは残しながら、各資格を取得するための必要条件を変えた。例えば従来のゴールドパートナーは自社で揃える技術を複数の分野の中から自由に選択することができたが、今後は少なくともシスコが指定する4つの技術分野で「アドバンスト」レベルの技術水準を保つ必要がある。その4分野とは、「スイッチング&ルーティング」と「ワイヤレスLAN」、「セキュリティ」、「UC」だ。

 シスコでは資格取得のためのトレーニング教材などを全面的に作り直し、今後2年間をかけて新制度への移行を進める計画だ。ゴールドとマスターは兼ねることも可能。シスコのワールドワイド・チャネル・プログラム担当副社長のエディソン・ペレス氏は、「従来のゴールドパートナーの大部分が新ゴールドに移行し、このうち70%以上がマスターの資格も取得するだろう」と予測している。

技術・サポート力の差が顕著に

 シスコが5年ぶりに報奨制度を大幅に見直した背景には、ネットワーク業界における大きな流れがある。

 それはネットワーク機器を購入する顧客の要望が多様化、複雑化するのに伴い、顧客の要求を満たせるパートナーの数が限られてきていることだ。ペレス氏によると、過去18カ月の各パートナーの売上成長率を調べたところ、UCやセキュリティなど4つ以上の重要分野で技術力をそろえているパートナーと、ある特定の分野で深い専門知識を持つパートナーの成長率が最も高く、それ以外のパートナーの事業がそれほど伸びていないことが判明した。

 シスコが実施している顧客調査でも、パートナーが顧客に対して基本的なインフラだけを販売して、必ずしも顧客が必要としているアプリケーションを提供していないことが分かった。みすみす商機を逃している原因が、パートナーの技術・サポート能力の欠如にあることも多く、「健全なチャネルを維持するために、総合力か専門性か、パートナーに道を選択してもらう時期に来たと判断した」とペレス氏は説明する。

提案の種類で奨励策を変える

 シスコのパートナープログラムにはさらにもう“ひとひねり”が加わる。これまでのように顧客に売る「個別製品」の種類によってパートナーに対するインセンティブを決めるだけでなく、パートナーが顧客に提供する「オファー」の種類に応じてインセンティブを変えようというものだ。新しいオファーベースの制度は、オファーを「ローカル再販」と「グローバル再販」(グローバル認定パートナー向け)、「マネージド・ネットワーク・サービス」、「アウトソーシング」の4タイプに分ける。

 シスコのチャネル担当トップであるキース・グッドウィン上級副社長は解説する。「複数のパートナーから、一般法人客と通信事業者では売り方も買い方も異なり、顧客別にインセンティブを変えてほしいとの要望が上がってきた。だが、例えばマネージド・ネットワーク・サービスは法人にも通信事業者にも提供しており、顧客別ではなくオファーの種類別に奨励策を変えるのが正しいアプローチであると判断した」。通常、インセンティブはパートナー別か製品別、顧客別で組むので、新制度は「業界初、いや、世界初の試みかもしれない」とグッドウィン氏は豪語する。

 「ローカル再販」と「グローバル再販」については今回のサミットで発表済み、残り2種のオファーに関する詳細な条件・報償策は11月に明らかにするという。

 シスコは2001年に、他社に先駆けて販売量(volume)主体のインセンティブ制度からパートナーがもたらす付加価値(value)を重視した制度に改革した経緯がある。今回のオファーベースの新制度も「シスコによる進歩的なチャネル開拓の一環」と米調査会社、アマゾン・コンサルティングのT・C・ドイル氏は高く評価する。「シスコは新製品の研究開発に投資するように、パートナー向けプログラムの開発に投資する数少ない会社の1つ」とドイル氏は言う。


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写真●パートナーサミットで基調講演するシスコシステムズのジョン・チェンバース社長兼CEO(最高経営責任者)
 シスコの業績はこのところ好調だ。サミットで基調講演したジョン・チェンバースCEO(写真)は、「好調である今こそ、変化するべき時だ」と会場を埋めたパートナーたちに呼び掛けた。同社長は1991年にシスコに入社以来、それまで100%直販だったシスコの事業を、現在のようなチャネル主体の営業形態に変えようと決め、実践した張本人だ。営業・マーケティング部門にいる約1万4000人のシスコ社員に対し、チャネル各社の従業員数は世界で20万人以上。これらの営業人員を含む“拡張家族”の成功にシスコの成長もかかっている。「2年前に成功したことがこれからもうまく行くとは限らない。新しい商機をつかむために、我々は進化し続けなければならない」と聴衆に熱く語りかけた。

利益率の高いモデルへ移行促す

 “進化”の一環で同社が昨年来、口を酸っぱくして言っているのが、製品のみを販売する事業モデルからネットワークの保守管理を含めたサービスまでを受注する、より利益率の高いモデルへの移行だ。今年は導入から管理、アップグレードまで末永く顧客の面倒を見る「ライフサイクルサービス」をパートナーが効率的に提供できるよう、新たな研修教材や営業ツールを発表した。

 このほか細かい点では、シスコがルーターやスイッチといった基幹製品以外の市場に進出するために2003年に導入した報奨制度「VIP(Value Incentive Program)」の対象を、従来のIP電話とセキュリティの分野のほかに、ワイヤレスLANにも広げた。また、市場シェアや競合他社情報などこれまでシスコが社内で利用していた戦略情報をパートナーもネット上で閲覧し営業に活用できる「Competitive Edge Portal」を開設。パートナーが顧客に対し営業目的でタイムリーなニュースレターを発行できる新システムも導入した。




本記事は日経ソリューションビジネス2006年4月15日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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