三井 英樹

 これまで時代背景や,システムの変遷,機能的な特徴を見てきましたが,実際のところ,Rich Internet Application(RIA)と呼ばれるシステムには,どんなものがあるのでしょうか。

BROADMOOR HOTEL(ブロードムーアホテル)

 下図は,「RIA」という言葉が生まれた原点とも言えるシステムです。ホテルの予約システムなのですが,従来の複数画面に分かれての予約プロセスを,一画面で実装したことで注目されました。

 それまでのホテル予約のプロセスは,宿泊予定日を入力し,空いている部屋を選び,個人情報を入力し,決済情報を入力する,という四つの「画面(ページ)」から構成されていました。このシステムが革新的だったのは,画面が一つしかないという点です。やっていることは同じなのですが,この画面遷移の(ページの切り替り)時間のイライラをなくし,利用者自身が今何の情報を入力しているのか(コンテキスト/文脈)を明確にするという,利用者の立場に立ったものだったからです。

 そして,もう一つ注目された点は,経営的な効果でした。このシステム(サイト)のもたらしたものは:

  • 予約:89%増加
  • 購買率がほぼ倍増
  • 契約ベースの売上げ:50%増
  • 客室使用率:66%増
という結果です。良い(利用者にとって便利な)ものを提供すれば,結果が得られるという良い証拠ともなったわけです。ただし,この何を「良い」とするかという点が,RIAシステム開発の難しいところです。今ですら,RIAは見栄えの派手さが重要視されていて,本当に利用者に喜んで使ってもらえるように設計を進めるには,様々な問題があるのも事実です。この「BROADMOOR」は,開発者の意図が利用者という観点から少しもずれずにいたからこそ,経営的収益という結果に直結した,という意味でも象徴的な例でしょう。技術的には古くなっても,開発プロセスの意味で,今でも重要な教訓を示してくれます。

iokio(アイオキオ)

 次に紹介するのは,下記の「iokio」のサイトです。デジタルカメラの選択を支援してくれるサイトですが,右側のスライダーバーを調整することで,価格や解像度などをベースに商品を絞り込むことができます。指定された条件にマッチした商品だけが,画面上に表示されている状態で残り,マッチしなかった商品は見えなく(白く)なります。

 このアプリケーションが実装しているのは,システム的には,設定された価格などのパラメータによる検索です。利用者がスライダーバーで指定した上限値や下限値などの値から,該当する商品を選ぶだけです。しかし,その見せ方が従来型とは全く異なっています。実際にお店に行って,膨大な商品から「気に入った商品」を選ぶプロセスを,アプリケーションという形で実装したことに意義があります。

 人間がモノを選ぶとき,検索機能だけを頼りにするわけではありません。予算があったとしても,気に入ったデザインのためには無理をしたりもします。実際に,多少の「移り気」をもちつつ商品選択をする,あるいは商品選択を「楽しむ」という行為を,ネット上で行うのなら,このようなユーザー・インタフェースはかなり有効です。商品を見るというよりも,眺めながら自分にあった機能で絞込むという作業は,実は紙に書きとめながら比較検討するような作業です。その書き留める行為自体を,このアプリケーションは代行してくれているのです。

RIAの根幹思想

 RIAシステムの例を考えながら,あえて一番古い例を示しました。最近の画面に「人」が登場して説明をしてくれる「PinP(Person in Presentation)」のような事例ももちろんあるのですが,もう少し根幹部分の開発思想を例示したほうが良いと思ったからです。

 上記二例は,どちらもシステム的な観点から考えた場合,従来型のものと大差はありません。複数ページで対応することと,単一ページで対応することの差は,技術的なものを無視すれば,設計時点で気がつくかどうか程度の差です。絞り込む前の商品サムネイルを示したり,絞り込む行為自体を目の前で示すかどうかも,どちらかというと検索という機能に「無駄」を差し込むような設計です。けれど,そうしたちょっとした「機能」が人に使いやすさを感じさせ,使われるようにするのです。

 つまり,こうしたアプリケーションは,「誰が使うために開発されたのか」が鍵となっています。アプリケーションの開発効率ではなく,使われるシーンでの効率性,利用者生産性のほうに主眼が置かれて開発されているものを,広義の意味でRIAと呼ぶのだと私自身は考えています。

RIAの「R」とは何なのだろう

 そう考えると,RIAの「R」が,本当に「Rich」で良いのだろうかという疑問が出ます。「RIA」という言葉がまだ市民権を得ていないのは,この開発思想と言葉とがストレートに繋がっていないからだと思います。少々一般的ではないですが,私自身の解釈で「R」の意味を考えてみます:

Rich(豊かな)
そもそも,この言葉の語源は,「Thin Client(シン・クライアント)」の逆から来ていて,もともとは「Fat Client(ファット・クライアント)」です。さすがにそれでは聞こえが悪いので,この名称が付けられたとも言われています。しかし,最近でも「金持ち」のほう(富裕層向けのサービス)に解釈する方もいますし,映像などのデータ・サイズの大きい「リッチコンテンツ」と同一視されて,混乱の元になっているのも事実です。
Reasonable(合理的な)
今までの説明の通りのアプリケーションというのは,開発サイドから見ても,利用者サイドから見ても,合理的に見えるというのも特徴になってきます。ですので,このような解釈も成立するのではないでしょうか。
Repeatable(繰り返し使いたくなる)
また,合理的に使えるということは,何度使っても迷うことなく,使い勝手のよいという解釈も成立します。一度作ったアプリケーションを何度も使ってもらう,という意味を込めて,このような理解も間違いではないでしょう。
Reliable(信頼感のある)
そして,使い勝手をよく吟味されて設計されたアプリケーションは,やはりプロフェッショナルの手によるものだと受け取られるでしょう。それは,その機能(業務)だけでなく,利用者のことも熟知している,信頼感のあるインターネット・アプリケーションということです。
Reachable(対象ユーザーに届く)
アプリケーションを開発し利用者に提供するという立場から言えば,千差万別のユーザーに受け入れられるという関門を通り越して使ってもらいたいわけで,対象とするユーザーの心に届くという意味,リーチできるかという観点も捨てがたい響きを持ちます。個人的には,これが一番好みです。

とはいっても「R=Rich」

 とはいっても,統一的に物事を語れないことには問題が生じます。ですので,やはり「R=Rich」という部分で議論することは薦められないかもしれません。上記の解釈はあくまで,心理的・コンセプト的な部分として,理解する際のヒントに活用していただければと思います。

 では,積極的に「Rich」を受け入れるとしたら,どういうことになるでしょうか。私自身は,豊かになったのは利用者ではなく,開発者のほうだと解釈しています。

 ほんの数年前に比べて,明らかに多くの高品質の技術が活用できる状態になっています。先の二例でも,これらが発表された時点では,ほぼ間違いなく「Flash」という実装技術でしか実現できなかったことですが,今ではそんなことはありません。見た目を同じようにしつつ,裏では多くの選択肢があるようになっています。つまり,いくつもの技術を比べながら,最適解を選択できる時代に入っています。


 そして,技術だけでなく,今まで実装不可能なので我慢してもらっていた仕様を,構築できるようになってきてもいるのです。素材として扱えるものも,レイアウト的なデザイン要素も,データ連携のロジックも,ユーザーの感性に訴えかけるインタラクションも,「できません」という言い訳すらできない技術水準に到達しつつあるのです。

 インターネットは,回線業者ががんばったのでこれほど広まったのではありません。技術ベンダーや製品ベンダーが良いモノを市場に投入したからでもありません。“利用者が受け入れたから”広まったのです。RIAの時代とは,もう一度,誰に喜んで使ってもらうのかを考え直す時代なのかもしれません。


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。