■今回から月2回の連載で、IT業界の主に営業・マーケティングの方々を対象に、もっと売れるようになるためのコミュニケーションのちょっとした工夫やノウハウについて書かせていただきます。

(吉岡 英幸=ナレッジサイン代表取締役)


 私の仕事はITベンダーの販促セミナー専門のコンサルタントです。従来のプレゼンテーション形式ではなく、ディスカッション形式に特化した販促セミナーのプロデュースをしています。つまり、常に議論の司会・進行ばかりしている、文字通り「仕切り屋」です。またの名を「ファシリテーター」などと言います。

 そして、日夜ITベンダーの販促セミナーをオタクのように研究しています。そうしたコミュニケーションのプロとして、マーケティング・販促セミナーのオタクとして蓄積したノウハウを、『営業現場編』『ヒアリング編』『トラブル編』『セミナー企画編』などシチュエーションに分けて解説していきます。

 まずは『営業現場編』の第1回。

コミュニケーションは訪問前から始まっている

 営業現場ではやっぱり話を盛り上げたい。友好的な雰囲気の中で相手の課題を聞き取り、こちらのセールスポイントもアピールしたい。そのためにはトークの切り口が重要になる。いきなり「御社の経営課題は何ですか?」なんて堅苦しく聞いても、まともに答えてくれないし、だいいち盛り上がらない。

 トークの切り口を探すためには事前のリサーチが必要だ。事前に収集した情報を基に仮説を立て、トークの切り出し方や営業のシナリオを考える。

 この事前リサーチがどれだけ充実しているかが、特に初回訪問などは営業の雰囲気を決める勝負の分かれ目になる。そういう意味では営業現場におけるコミュニケーションは、訪問前から始まっているといえる。

 それでは、相手に対する知識量が多ければいいのかというと、必ずしもそうではない。最近のITベンダーの営業は、訪問前に顧客についてしっかり情報収集するようになった。しかし、事前リサーチの努力に“感心”はするが、そこには“感動”が足りない。

 人は“感心”によって相手への警戒感を解くが、“感動”すると、よりいっそう友好的で饒舌になる。だから感動を与えたい。それにはどうしたらよいのか。

「よく知っている」<「知ってくれている」で感動を引き出す

 実は、「よく知っている」が「知ってくれている」のレベルになると、顧客の“感心”が“感動”に変わるのだ。

 「知ってくれているコト」とは「知ってくれていると嬉しいコト」である。そして、それはほぼイコール個人的なことだ。会社のニュースとしてはそれほどメジャーなことではないが、個人的にはものすごく意味を持つもの。自分の自慢になるようなこと。会社のことを詳しく知っているより、顧客はそっちの方が断然ウレシイ。

 つまり、人は、自分自身に好奇心を持ってもらうことに感動し、自分に好奇心を持つ相手に対して寛容になるということだ。心の鎧を解いて何でも話してあげたくなる。

 だから、「よく知っているな」と感心させるだけでなく、一歩踏み込んで「知ってくれているな」と感動させたい。

 例えば、ある大手流通業の経営企画部長にアポイントがとれたとする。インターネットでその会社のことは当然調べるだろう。そのとき、同時に会う相手の個人名でも検索する。そうすると、広報リリース資料などで当人が出てくるトピックスが見つかることがある。それらは、その人にとって自慢したい事柄かも知れないのだ。

 また、上場企業などでは「中期経営計画」がWeb上で公開されていることがある。スローガンやビジョンに関する文言は、どこの会社も代わり映えのしない、退屈な作文であることが多い。しかし、経営企画部門の人間は得てして、この作文をつくるために何日も徹夜したり、それこそ血のにじむような思いをしているものだ。

 だから、ありきたりで何の感動もないスローガンや能書きであっても、しっかりと読み込んだうえで、具体的に誉めてあげるととても嬉しかったりする。「私の努力を分かってくれている」と感じるのだ。そうなると口もたいそう滑らかになる。

 だから、事前に顧客に関する情報をリサーチする場合、会う相手個人が“知ってくれていると嬉しい”情報は何かという視点で情報を探すようにしたい。

 私の場合営業する相手に対して常に以下のような視点で事前リサーチをしている

 ・その人の歴史を知る
 ・キャリアの中でおそらくハイライトとなることは何か知る
 ・その人の目指すキャリアへの仮説を立てる

 用心深く心の探り合い状態になるか、はたまたあなたの手のひらでころがす状態になるか。それは事前のちょっとした工夫次第なのだ。


著者プロフィール
1986年、神戸大学経営学部卒業。株式会社リクルートを経て2003年ナレッジサイン設立。プロの仕切り屋(ファシリテーター)として、議論をしながらナレッジを共有する独自の手法、ナレッジワークショップを開発。IT業界を中心に、この手法を活用した販促セミナーの企画・運営やコミュニケーションスキルの研修などを提供している。著書に「会議でヒーローになれる人、バカに見られる人」(技術評論社刊)。ITコーディネータ。