本連載ではヘルシー食品、ときわ印刷の2つの事例を通じて、短時間で真の顧客ニーズに迫るための方法を考えてきた。最終回となる今回は、もう一度重要なポイントを振り返るとともに、企業組織全体による「提案力の強化」への取り組みについても考えてみたい。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



 提案のアプローチには、「仮説検証型」以外にも「御用聞き型」「品揃え型」などが代表的である。「御用聞き型」は、顧客のニーズを聞いて言われたとおりに商品を提供する。「品揃え型」は、自分で持っている商品を並べ、顧客のニーズに合うものを選んでもらうアプローチである。

 それではヘルシー食品の事例で「御用聞き型」のアプローチをしていたらどうだったか。ヘルシー食品は現状に大きな危機感を持ち、新規事業への展開に期待をかけていた。しかし新規事業の構想はばく然としたもので、論拠がはっきりしない否定的な考えも抱いていた。このような状況でニーズを聞いて提案しようと考えても、そもそも無理がある。いつまで待っても、顧客ニーズは固まらないからである。それでも何とかして顧客から話を聞き、その範囲で提案するとどうなるか。その結果は何とも迫力も現実感もない、的外れの提案になってしまうだろう。

「御用聞き型」「品揃え型」では真のニーズに迫れない

 こうした手間のかかりそうな提案は初めからやめてしまうという選択肢もある。多かれ少なかれほとんどの案件は同様な要素を含んでおり、近年その傾向がますます強いようだ。IT投資の目的が顧客満足度や企業イメージの向上、経営戦略に直結した事業変革など、より高度なものになり、顧客もニーズを具体的には描けないことが多いからである。

 しかし、ここで提案をやめると大きなチャンスを逃してしまうし、「御用聞き型」や「品揃え型」で提案しても、真の顧客ニーズにたどり着けない。そこで必要になるのが「仮説検証型」のアプローチである。「御用聞き型」や「品揃え型」を否定しているわけではなく、これらのアプローチが適している案件も数多くある。大切なことは提案活動の初期段階で、どのアプローチで行くかを決めることだ。「仮説検証型」で行くべきなのに、「御用聞き型」や「品揃え型」でアプローチし、顧客ニーズに迫れない場面が意外と多い。

 ときわ印刷の事例で考えてみたい。ときわ印刷の栗原氏の場合は、IT投資の目的や目標を明確に持っていた。恐らく自力で要件定義もできただろう。にもかかわらず、外部に提案依頼書を投げてきた。この点はヘルシー食品とは大きく異なる事情である。しかし目的や目標が明確になっているからといって、「御用聞き型」や「品揃え型」でアプローチしたらどうだったであろうか。恐らく、ときわ印刷の真のニーズからは、外れたものになってしまったのではないだろうか。

 それはときわ印刷の社内における抵抗勢力の存在である。もし自力で用件定義もできるだろうと思わせる提案依頼書を見て、「これだけしっかりまとめられる会社がどうして外部に依頼するのか」ということに疑問を持たなかったら、さらに営業部隊が第1営業部と第2営業部に完全に分かれている組織図を見て、不自然だと感じなければ、我々は「仮説検証型」のアプローチを選択しなかったかもしれない。

 仮説を立てなくても、一般的なSFA(営業支援)やナレッジマネジメントのシステムを参考に提案することもできたはずである。しかし、社内だけではプロジェクト運営が難しい状況にあるため、外部に依頼してきたとなると話は違う。抵抗勢力のメンバーにも説得力のある提案をするには、的確で明快な経営課題の理解が欠かせない。さらに、提案内容にもプロジェクト運営に対する十分な配慮を反映しなければならない。こういったことが現実感のある提案につながるのである。その理解を一度だけの電話インタビューで可能にするには、「仮説検証型」のアプローチが必要になるのである。ときわ印刷の事例では、ここが競合他社との差異化につながるポイントであった。

提案のきっかけ時の意識が方針を決める

図1●日頃の意識の持ち方と提案アプローチの選択

▲図をクリックすると拡大表示
 いずれの事例にしても、提案のきっかけがあった時点での意識の持ち方が重要であった。そのときの意識の持ち方で、その後の活動方針は大きく変わる。筆者がいつも意識の持ち方として心掛けているポイントは次の3つである(図1)。

(1)自分で勝手に範囲を決めない
 「それは我々が考える範囲ではない」とか「自分はそこまで言う立場ではない」とか、無意識のうちに自分で勝手に範囲を決めてしまうことが多い。しかし、これは必ずしも顧客の期待に応えるものではない。勝手に範囲を決めると、2つ目のポイントである「顧客の立場でとことん考えること」ができないからだ。

(2)顧客(経営者)の立場でとことん考える
 自分を顧客側に置いてみることである。特に自分がその会社の経営の立場にあれば、何が気になり、どうすることがいいと思うか、さまざまな側面から想像してみることが大切である。提案者自身が「なるほど、これがいい」と思えなければ、顧客が納得するはずがない。顧客からニーズを聞いたとき、そのまま受け止めるのではなく、「どうしてそのようなニーズが出てきたのか」「それを解決するだけで、本当の解決になるのか」といった疑問を持つことからすべては始まる。ここで、とことん考えたことが次のポイントである「仮説を設定し早く具体的な姿を描く」につながるのである。

(3)仮説を設定し早く具体的な姿を描く
 何度か述べてきたように仮説を立てることの意味は、混沌とした状況を打破し、顧客を一歩リードするために具体的な姿を描いてみることにある。顧客が目指す姿や顧客が抱いている問題意識などについて顧客自身がまだはっきり示せないときに、具体的な姿を描いてみることで大きく前進することができる。仮説が合っているか間違えているかは、あまり問題にはならない。仮説を立てることで、より早く真の顧客ニーズに迫ることができるのである。

 提案者はこのような意識を持った上で、案件ごとに適した提案のアプローチを選択すべきだろう。

仮説検証を妨げる組織内部の3つの課題

図2●「仮説検証型」の基本手順

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図3●「仮説検証型」提案に求められる4つのスキル

▲図をクリックすると拡大表示
 「仮説検証型」の基本手順は図2に示すように、単純なものである。案件の内容によって、ある程度のカスタマイズをすればよい。また「仮説検証型」提案のための重要なスキルは図3に示す4つに分類できると考える。これらのスキルはオン・ザ・ジョブ・トレーニングを通じて先輩から後輩に伝えるのが理想である。なぜなら、分析ツールの使い方や着眼点などは、実際の案件から学ぶのが最善だからである。しかし全員を効率よく一定レベルのスキルに向上させるために、教育研修を行うことも非常に有効である。筆者もそのような研修の講師を依頼されることがよくある。

 最後に、教育研修の場で受講者としてお会いする様々なソリューションプロバイダの営業やSE職の方々の声をご紹介したい。筆者が教育の場で感じることは、受講されている個々人の問題意識が非常に高いということである。多くの方々が今までの自分の提案活動にある種の限界を感じ、可能性を広げるための方法論を真剣に探している。そして、「仮説検証型」のアプローチを利用することによる可能性を、十分に感じ取って職場に戻るのである。ところが実務の場に戻った途端に彼らが直面する問題がある。それらは企業内の環境に起因するもので、次の3つに集約できる。

  1. 仮説を立てようとしても、上司の理解が得られず、そこに時間を使うことができない
  2. 提案プロセスや提案書について、適切な視点からレビューしてくれる人がいない
  3. そもそも、自分が担当している顧客の業種・業態がこのようなアプローチに馴染みそうにない

 これらの中には、個々の地道な努力の積み重ねや発想の転換で解決できることも含まれている。「仮説検証型」の提案プロセスをそのまま自分の顧客に適用しようとしても、馴染みにくい業種・業態は確かにある。しかしそう思える顧客であっても、こうした考え方を適切な場面で部分的に取り込むことで大きな成果を上げることもできるのだ。そこでは方法論を自分なりにカスタマイズするという努力が必要になる。

 一方で、組織としての取り組みも見逃せない。個々の意識・スキルだけに転換を求めるのではなく、同時に組織として変革に取り組まなければ、個人の努力を継続させることが難しくなる。上司との理解の共有、時間の使い方の見直し、提案品質を高めるための体制や方法など、環境を整えるためにやるべきことはいろいろある。「提案力の強化」を考えることは、個人だけでなく組織としてのあり方を考えることでもあるのではないだろうか。

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役