春だ。愛犬を連れて公園を散策する人が目に付く。今後、少子高齢化が進むとペッ トを飼う人はもっと増える。アニマルセラピーという言葉も普及した。ペットに癒さ れ、あるいはペットの世話を通じて生きる力を養う人たちが増えている。

 だが、新たな課題も発生する。捨てられたペットの扱い、高齢化するペットの介護 ・医療問題などだ。

 私は3年前、米国在住時に子犬を飼い始めた。2年前に連れて帰国。やがて日本は誰 もが簡単にペットを飼える社会になっていないな、と感じはじめた。米国の方 が公園が多く、家が広いからではない。日本にはペットをケアする仕組みが整備 されていないと気づいた。

■獣医師教育の家畜偏重からの転換を

 動物は病気になる。ヒトと同じくガンや糖尿病にもなる。 最近は室内で飼われ、餌も良くなり寿命がぐんと延びた。小型犬だと18年くらい生き る。かくしてヒトと同じく高齢者(犬)の医者通いが増える。だが日本の獣医は数が 足りない。料金もヒトの自由診療並みにかかる。医師の手間は人間相手も動物相手も 同じだから、ある程度は覚悟できる。だが米国の約2倍の価格だ。

 ひとつの問題は日本の獣医師教育の家畜偏重である。卒業すると多くが畜産産業や 食品衛生関連の公務員になる。ヒトの癒しに貢献するペットを扱う獣医師をもっと養 成すべきだ。また米国ではペットの医療保険が充実している。日本でも「アニコム」 などが保険を始めたがまだ少数派だ。

■アニマルシェルターの仕組みでペットを“リサイクル”

 日本では捨て猫、捨て犬は自治体がさっさと捕獲し、安楽死させ、焼却してしまう。米国の多くの自治体はアニマルシェルターに収容し、“リサイクル”する。犬猫だけで なく亀や蛇まで収容し、職員とボランティアが世話をする。誰でも自由に見学できる。 飼いたいときは100ドルほどで引き取れる。事前に職員が厳重に審査する。家族全員 が面接を受ける。「ちゃんと散歩に連れて行けるか」「年をとっても世話をするか」 と全員の眼を見て念を押し、誓約させた上で引き渡す。NPOもシェルターを運営す る。虐待情報を元に飼い主を説得し、保護することもある。

 元気でおとなしい犬猫は 週末にペットショップのフロアを借りてお披露目をする。里親探しをやるのだ。 ショップにとっては一見、“競合商品”だが“掘り出し物”を目当てに普段とはちが う客が店に来る。店のイメージも上がるので歓迎だそうだ。

■ペット産業の育成を??米国のペットショップでは飼い主の訓練も

 “PETSMART”など米国の大手ペットショップは飼い主と愛犬を同時に講習するセミ ナーが盛んだ。子犬のおしっこの躾から高度な芸を教え込むコースまで充実。考えて みれば当然だ。犬は生き物。人を咬んで怪我もさせる。車を買う前には教習所に行 く。同様に犬を飼うには飼い主の教育が必要だ。ペットショップは犬を売るだけでな く、教育訓練もする。

 日本社会でもペットの歴史は長い。だが、基本的に個人の趣味・愛玩の対象とさ れ、社会的には単なる「衛生管理」や「迷惑防止」の対象、つまり規制対象とされて きた。わが愛犬も区役所から「犬鑑札」の札をもらい、予防接種の案内が送られてく る。狂犬病などの伝染病対策は不可欠だろう。同様に死んだら役所が引き取り、遺骸 の処分をしてくれる。公衆衛生の観点からの“ペット対策”は万全だ。

 だが、その他のケアの仕組みは官民どちらも未整備だ。ペットを飼うということは 日常の散歩・食事だけでは終わらない。教育・訓練、さらに捨てられたペットや、あ るいは飼えなくなったペットの受け皿、そして介護・医療やそれに伴う保険の仕組み までのサービスが必要になる。米国ではそれが充実していた。だから誰でもペットを 飼えた。

■「ペット」の問題は介護・福祉にも連なる

 もちろんこうしたサービスは民間企業やNPOが提供すべきものだ。税金をかけて行 政がやるべきではない。そもそも飼い主とペットショップの責任だ。だがペットは少 子高齢化社会では重要な癒しの手段だ。動物愛護と虐待の監視は社会全体の責任でも ある。だとすれば「ペット行政」というテーマが行政の関心事のひとつになってもよ いのではないか。

 今までの行政は、公衆衛生や迷惑防止の観点からのみ「ペット」を見てきた。ある いは空き地の有効活用策として何の気なしにドッグランを開設してきた。だがペット をめぐる問題は実は介護・福祉にも連なり、幅広く奥深い。飼い主の責任を明記した 上で、行政もこの問題はフォローすべきである。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォー ラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構 造改革工程表』ほか編著書多数。