前回はSOA導入時に必要な考え方,「アーキテクチャ・パーティショニング」について説明した。このアーキテクチャ・パーティショニングは,SOAを導入する際に必然となる「段階的配備」を支える。

 SOAを実現する際の理想は,業務からシステムまでを全面的に見直す「ビッグバン型アプローチ」だ。業務プロセスを洗い出し,可視化し,最適で重複のない業務プロセスをモデリング。そのモデルに基づきサービスを定義してからシステムを構築する,という形だ。

 独SAPの構想「ESA(エンタープライズ・サービス・アーキテクチャ)」は,このビッグバン型アプローチを意識している。まず,SAPは自社パッケージをすべてサービス化する。導入企業は自社の業務プロセスを分析し,新たな業務プロセスを導き出し,そしてSAPの“サービス群”でそれらプロセスを満たしていく,というものである。

 確かにビッグバン型アプローチの威力は大きいが,現実的には,このアプローチを取れる企業は少ないだろう。業務プロセスの可視化やモデリングだけでも数カ月,場合によっては1年以上かかるだろうし,サービスの実装に至っては数年を要する。当然投資も相応に大きなものになるし,投資の回収までを考えると10年単位のプロジェクトにもなるだろう。

 だからSOAのアプローチは,「段階的配備」が基本だ。そもそもSOAの大きなメリットは,現行システムを効率的に再利用できることである。すでに稼働させているシステムを少しずつサービス化したり,あるいは追加する新システムをサービスとして稼働させる。こんな形で少しずつ全システムがSOAに基づいたアーキテクチャへと移行していくのが,一般的な姿と言える。


図:SOAのビッグバン型アプローチと段階的配備(出典:ガートナー ジャパン)

 成功したSOA実現例の多くは,段階的配備で進めた。まずは限定的な範囲でSOA化する領域を決め,その領域をカバーするサービス(20~50程度)を指定し実装。新しい要件に応じてそのサービス数を増やす,といった形である。このアプローチは,重複するサービスを生み出すという問題は残るものの,プロジェクトのリスクを低減させたり費用をコントロールしやすいという面で効果的だ。

 段階的配備は,基幹系システムの刷新プロジェクトでも効果を得られる。基幹系システムの刷新となると2~3年の間の一時に大きな負担が増すことになる。コストは中長期的に見て平準化させる方が,企業としてはメリットが大きい。だから構築・稼働フェーズを複数に区切り,サブシステムごとにフェーズを分けていくことがベターだ。しかし前回説明したように,SOA化されていないシステムは実装テクノロジ間の相互依存性が高い。そのため,結局はある程度まとまった単位で一度に作り直さざるを得ず,コスト面やリスク管理面での大きなインパクトは避けられない,というケースが多い。

 このような状況が,SOAで回避できる。例えば,メインフレーム上の既存システムを複数のサービスに切り分け,少しずつサービス化する。これを順次続けていくと,必然的に既存システム全体がサービス化される。言い換えると,再構築する際の単位を最適化できる。

 つまり,サービスごとに切り出し“小分け”で再構築するSOAの段階的配備が,コスト面でも労力の面でもインパクトを小さくできるわけだ。余談だが,しばしばSOAではどの単位でサービス化するのか,ということが議題として挙がる。しかし業務で使いやすい形を考慮すれば,サービスは適切な単位に落ち着くはずである。

 個別のサービスを順次,古いプラットフォームから新しいプラットフォームの上に構築し直していく。もちろんその過程では例えば,「保守費用の高いメインフレームに一つのサービスしか残っていない」という非効率的な状況が起き得るが,それはリスクとコストの兼ね合いで判断することになる。

新規アプリの75%以上はサービスの組み合わせで構築可能

 サービス化したシステムは,再利用性も高まる。再利用性の向上は,「俊敏な企業」にとって最も重要なシステム要件の一つだ。

 ガートナーが先進的なSOA導入事例を調べた結果では,適切にサービス化を進めれば,新規アプリケーションの75%以上は,再利用可能なサービスの組み合わせで構築可能だ。そして,いったんその企業でSOA化が浸透すれば,新しく立ち上げるシステム(サービス)の65%は,既存のサービスから抽出して実装することなるだろう。

 ただしその前提は,システム群全体に適切なアーキテクチャやポリシーを与えることだ。SOAはテクノロジや方法論が語られがちだが,SOAの最後のAがアーキテクチャを示すように,ここは言っても言いきれないほどに重要なポイントである。

 次回はアーキテクチャの重要性について解説する。

飯島 公彦(いいじま きみひこ)/ガートナー ジャパン リサーチ ソフトウェアグループ アプリケーション統合&Webサービス担当 リサーチディレクター

ガートナー ジャパン入社以前は,大手SIベンダーにてメインフレームを含む分散環境におけるシステム構築・管理に関する企画,設計,運用業務に従事。特にアーキテクチャやミドルウエアを利用したインフラストラクチャに関する経験を生かし,アプリケーション・サーバー,ESB(エンタープライズ・サービス・バス),ビジネス・プロセス管理,ポータル,Webサービスといったアプリケーション統合技術に関する調査・分析を実施している。7月19日~20日に開催される「ガートナー SOAサミット 2006」では,コンファレンスのチェアパーソンを務める。
ガートナーは世界75カ所で情報技術(IT)に関するリサーチおよび戦略的分析・コンサルティングを実施している。