ときわ印刷から郵送された提案依頼書を徹底的に分析することで、経営課題の解決に向けた4つの仮説を立案した。単にシステム化の方向を示すだけではなく、経営課題の根本的な原因まで探ることで提案しなければ、相手の共感を得られないだろう。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



これまでの経緯
 ときわ印刷は、売上高が90億円で社員数は150人。営業の情報武装化などによる業務改革を検討している。同社の栗原氏から郵送された提案依頼書は表紙も含めて15枚あり、「1.はじめに」「2.提案依頼事項」「3.提案スケジュール」「4.ときわ印刷の紹介」「5.これまでの取り組み」「6.今後の方針」「7.現状の問題点」の各項目で構成されていた。

注)本記事に登場する社名、氏名はすべて仮名です

図1●ときわ印刷からの提案依頼書にある「現状の問題点」

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 提案依頼を受けるまで、我々はときわ印刷という会社を全く知らなかった。企業情報を取り寄せたり、ホームページなどを探してみたが、提案の手掛かりになりそうな情報は得られなかった。ときわ印刷から送られてきた提案依頼書がすべてであった。

 まず行ったのが提案依頼書の分析である。提案依頼書をいかに読み解くかが鍵であり、表面的な記述だけでなく、行間をどうに読むかが重要になる。

 分析する上で最も重点を置いたのは、「7.現状の問題点」である(図1)。ときわ印刷の現場からの生の声が伝わってくる唯一の記述であり、いくつもの手掛かりが得られる可能性がある。「7.現状の問題点」を分析するときのポイントは次の2つと考えた。

(1)営業現場の問題を引き起こしている根本原因は何かを明らかにすること
(2)ときわ印刷の方々が思い描いている情報システム機能を明確にすること である。

 1つ目のポイントである根本原因については、「7.現状の問題点」に記述されている営業現場と営業管理職の意見を整理・分類する過程で、ときわ印刷が抱えている根本的な問題を推察してみることにした。記述されている個別の意見の意味合いを考え、その根本にあるであろう原因を推察すると、次の4つの根本問題に分類することができたのである。

(1)会社としての戦略や営業方針というものがない
(2)営業管理の枠組みが確立されていない
(3)組織だった営業活動ができていない
(4)営業手法が属人化されていて、個々人の能力への依存度が高い

 このように4つの問題を並べてみると、それぞれが営業組織としての非常に本質的な問題である。単純にSFA(セールス・フォース・オートメーション)やナレッジマネジメントのシステムを導入しても容易に解決する問題ではないことが分かる。これらの問題への取り組みについては、インタビューなどを通して真偽を確認した上で、解決策を検討するアプローチを提案の中に組み込む必要があると考えた。

図2●提案依頼書による「今後の方針」

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 さて、2つ目のポイントである情報システム機能についてはどうか。情報システム機能とは、提案依頼書の「6.今後の方針」の「(4)情報システムの要件定義」に書かれているSFAおよびナレッジマネジメントのシステムのことである(図2)。「7.現状の問題点」からも、ときわ印刷が必要な情報システム機能について、ある程度読み取ることができる。

 ナレッジマネジメントについては、「7.現状の問題点」の「得意先に合った提案内容不明」というグループから必要機能を推定できる。常識的に考えれば、「商品情報」「販促ツール/提案ツール」「成功・失敗事例」「見積もり」「顧客情報」「ノウフウ(Know-Who)」の6つのデータベース機能である。

 SFAについては「7.現状の問題点」の「営業管理の枠組みが確立していない」という問題分類から想定ができる。そこで少なくとも「商談情報照会」「日報入力支援機能」の2つの機能は必要と思われる。

 いったん必要であろう機能を想定してはみたが、現段階で描いた機能は、ときわ印刷内部でも当然のように想定しているであろうシステム機能に過ぎない。我々が提案するには、これらの機能より効果的かつ必要不可欠な機能を追加して付加価値を高める必要があるのだ。つまり、先ほど挙げた4つの根本的問題を解決するための機能追加である。

 しかし、今のままではどう考えても、そのような機能は何も思いつかないのが正直なところである。それでは、一歩も先に進めなくなる。こうした混沌とした時にこそ仮説が欠かせない。機能を明らかにするためには、経営課題に対する仮説を立ててみることが先に進むための糸口になると考えられるのである。

問題の因果関係を整理して仮説を立てる

図3●提案依頼書から考察したときわ印刷の今後の課題

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 それでは、ここで改めて我々なりの経営課題の仮説を立ててみることにする。これまでの分析を通して、ときわ印刷で顕在化している経営課題については把握できたと考えられる。ここからは、ときわ印刷が置かれた環境などを十分に考えた上で、想定できる経営課題を抽出する。ときわ印刷の立場になって、現在の置かれている経営環境から今後、舵を切ろうとしている方向に進んだ場合の課題について因果関係を整理してみる(図3)。

 すると、ときわ印刷の今後の課題として、(1)これまでのように一人の営業パーソンが数十社を担当していたのでは、1社の対応に時間がかかり、対応できない顧客が増え、ビジネスチャンスを取り逃がす可能性がある、(2)これまでは、単純な商品知識を持っていればよかった営業パーソンが、顧客に最適なものをコーディネートして提供するという高度なスキルが求められる、などの2つが見えてきたのである。

 それでは、どうしたらこのような課題を解決し、無事に舵を切ることができるだろうか。そのための施策は次の4つに集約できそうである。

(1)顧客を峻別する
 一口に顧客を峻別すると言っても、これを実行するには大変な勇気が必要になるものである。しかし、担当する顧客数が多過ぎるという問題は現状でも指摘されており、これからの新しいビジネスでは避けて通れないことと考えられる。現状のすべての顧客に同様の時間をかけていたのでは、高付加価値な提案型ビジネスの実現は不可能と思われるからである。「本当に重要な顧客」「企画・演出を必要としている顧客」を峻別して、そこに時間を使い、営業を仕掛けていくということが重要になるのである。

(2)情報の共有化を進め、営業活動の時間を短縮する
 今まで時間がかかると問題視されていたことの多くは、ナレッジマネジメントのシステムを中心とした情報システムによって解消されると考えられる。提案依頼書のSFAおよびナレッジマネジメントのシステムの要件定義がこれに相当する。しかし、ときわ印刷の場合、営業活動が属人化していることに十分な注意を払わなければならない。

(3)営業パーソンのスキルを向上させる
 企画提案を行うためには、営業パーソンのスキル向上は必須条件である。そのためには、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)を含めた教育制度が必要になる。営業スキルの向上には、いわゆる「営業スキル研修」などを実施することも当然必要と考えられるが、「まず、管理者がやってみせて、本人にやらせながら指導する」というOJTが欠かせない。SFAとして営業支援システムを導入するとともに、育成のための仕組みも検討しなければならない。

(4)収支構造を明確にし、見積もり手法を確立する
 直接的にかかる費用だけでなく、間接的な費用も考慮した見積もり手法が必要になる。案件ごとの収支構造を把握できなければならない。場合よっては管理会計制度まで視野に入れるべきかも知れない。

 我々は、以上の4つの施策がときわ印刷にとって、今後の主要なテーマになるであろうという仮説を立てた。これらは今の段階では、限られた情報の中から勝手に立てた仮説にすぎない。この次のステップとしては、我々の考えがどこまで正しく、さらにどこまでの範囲で提案すべきかを検証する必要がある。

 次回は、ときわ印刷の栗原氏に仮説検証のためのインタビューをし、提案書をまとめる段階について解説する。

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役