契約社員や派遣社員の雇用に関して,最近,不穏な噂を耳にする。内容は,「長期にわたって契約の更新を繰り返していると正社員として雇用しなければならなくなるため,リスクを恐れた企業側が計画的に短期間で契約を打ち切っている」というものだ。労働者と企業の双方が契約の継続更新を望んだとしても,企業はリスクを回避するために契約を切らねばならず,結果として労働者が無職になってしまうという社会現象である。

 他人ごとではない。何を隠そう,記者自身も派遣社員だからだ。雇用期間を定めた社員(有期契約社員)の多くは,安定した雇用を望んでいると記者は思う。契約の更新が続いて欲しいと願っているだろう。契約を更新するため,仕事に打ち込み,成果を出そうとする。反対に,契約を打ち切られてしまうことを恐れている。だが,現実問題として,労働者を守るための法律が,反対に労働者の首を絞めることになるかも知れないのである。

 IT業界(SIベンダー)で職歴をスタートし,現在はIT業界の記事を書くことで食べさせていただいている関係で,記者はIT業界が他の業界と違っている点について考えることが多い。先述した有期契約社員の問題は,実はIT業界に限って言えば,良くも悪くもあまり打撃にはならないのではないか,という気がする。どういうことか。記者なりに,雇用契約という切り口でIT業界を見てみる。

 記者は,IT業界の雇用には際立った特徴があると感じている。思いつくのは,以下の3つだ。

 (1)多重派遣型の偽装請負(これは,あまりよく知られていないことだが,れっきとした違法行為である)が蔓延していること,(2)有期契約社員は比較的少なく,正社員の比率が高いということ,(3)契約社員の給与が高いということ---。以下で順番に説明する。

 (1)多重派遣型の偽装請負とは,ユーザー企業から直接プロジェクトを受注した元請け(1次請け)のベンダーが,2次請けを飛ばして,3次請けのベンダーのエンジニアに直接指示を出すケースが代表的である。エンジニア本人が「自分に給料を支払っている企業が2次請け企業であると思っていたら,実際には自分の会社は3次請けだった」というケースだ。

 多重派遣型の偽装請負が違法である理由は,仲介するだけの企業が労働者の労働そのものに何の付加価値も与えない,ということではないだろうか。現実には「必要な時にまとまった労働力を確保してくれる便利な存在」として多大な付加価値を生んでおり,裏を返せば個々のエンジニアも仲介企業のブランドの恩恵を受けている。だが,個々の労働者の視点で見れば,単なる“ピンハネ”である。

 (2)人材派遣会社と派遣先企業との契約には偽装請負という違法な契約が目立ち,これだけを見るとIT業界は不遇な業界であるように見える。ところが,暗い話の一方で明るい材料もある。それは,(記者の推測ではあるが)人材派遣会社に所属する個々の派遣エンジニアは,人材派遣会社に正社員として在籍しているケースが多い,ということだ。正確な調査データを持っているわけではないが,エンジニア向けの転職情報を見る限り,派遣元である企業はエンジニアを正社員として雇用するケースが多い。これは他の人材派遣のケースと比べ,IT系エンジニアで特に顕著に見られる傾向である。

 人材派遣会社がエンジニアを正社員として雇用する理由として,私が考える理由は3つある。1つは,エンジニアは職人であり保守的であるため,たとえ給与は安くても安定した雇用を求める人が多いということ。もう1つは,人材派遣は売り手市場であるため,エンジニアを正社員として抱えても平気なこと。最後の1つは,派遣会社ができるだけ安い給与でエンジニアを抱えたいことだ。

 (3)私見だが,小規模の人材派遣会社がエンジニアを雇用する場合は,高額の給与を与えてくれる代わりに,契約社員として雇うケースが多い。仕事の話がある時に限って,契約社員を募集し,高額な給与で雇い入れる,というわけだ。一方で,大規模な人材派遣会社がエンジニアを雇用する場合は,正社員を安い給与で雇用するケースが多いように思う。安定した雇用数を安い給与で確保したいからだ。

 サンプルとして,記者個人の就職活動経験を示す。記者は36歳当時,4カ月間の無職期間がある。無職は,経済的にも精神的にも,色々な意味で辛いものだ。お勧めはできない。この無職期間中に,経験が生かせる記者業に加えて,エンジニアとしての就職活動をしている。

 小規模の人材派遣会社が私に出した条件は「職種はネットワーク・エンジニア,派遣先は決まっている(本人に通知あり),派遣会社との契約形態は契約社員,年棒は550万円」というもの。美味しい条件である。一方,大規模の人材派遣会社が私に出した条件は「職種と派遣先は未定,派遣会社との契約形態は正社員(ただし3カ月間は試用期間),月給は今後1年間は26万円」というもの。こちらは,かなり厳しい条件である。

 IT業界の人材派遣業は,他の業界と比べると待遇が悪い業界だと思うが,その反面,正社員が多いということから,職を失うリスクが少ない業界であると記者は思う。有期契約社員の場合も,専門職として比較的早期に次のプロジェクトにありつけるのではないだろうか。IT業界内部での経験年数を積み重ねていさえすれば,安定した雇用があるように感じる。