ときわ印刷の事例では、事前に得られた情報が非常に少ないため、提案依頼書に記述された以上の情報は得られなかった。このため、提案依頼書を深く読んで仮説を立て、ときわ印刷の現状と今後のシナリオをどこまで具体的に描けるかがすべてになる。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



これまでの経緯
 1月下旬、ときわ印刷の栗原氏から電話がかかってきた。ときわ印刷の売上高は90億円で社員数は150人。営業力強化を目的とした情報武装を検討しており、提案依頼先の調査・選定作業を年末から行っていたが、弊社のホームページを見て候補の1つになったという。提案依頼書を郵送するので、ぜひ提案してほしいとのことであった。

注)本記事に登場する社名、氏名はすべて仮名です

提案依頼書を郵送してもらう

図1●ときわ印刷の経営企画室が作成した提案依頼書

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図2●提案依頼書の目次

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図3●「はじめに」で、ときわ印刷の経営環境が記述されている

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 ときわ印刷の栗原氏から当社に提案依頼書(RFP)が郵送されてきたのは、最初の電話があってから2日目のことであった。提案依頼書は表紙も含めて15枚のもので、次のような構成になっていた(図1図10)。

 提案依頼書の内容について、必要な部分を抜粋して以下に紹介する。「1.はじめに」から始まり、「2.提案依頼事項」「3.提案スケジュール」と続いており、「4.ときわ印刷の紹介」「5.これまでの取り組み」とあった。そして最後は「6.今後の方針」「7.現状の問題点」となっていた(図2)。

 全体を一読してみたところ、次のような内容と印象であった。

(1)全体を通して感じたこと
 枚数としてはそれほど多くないが、構成を見る限り、提案依頼書を作成したのは初めてではないと思えた。内容もコンパクトにうまく整理されており、外部の協力がなくても社内だけでシステム導入に関する検討ができるのではないかと感じさせるものであった。

(2)「1.はじめに」について
 ときわ印刷が置かれた現在の状況が記述されている(図3)。市場環境の厳しさと、新たな施策を実行しなければならないという強い意思が伝わってくる。また、営業力の強化がときわ印刷にとってどのくらい重要なテーマであるかがうかがえる。

(3)「2. 提案依頼事項」について
 提案書に記述すべき項目が列挙されている(図4)。しかし、特別な要求項目はなかったので、後から提案書を作成するときに改めて吟味することにした。


図4●ときわ印刷から示された「提案依頼事項」

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図5●ときわ印刷から示された「提案スケジュール」

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(4)「3. 提案スケジュール」について
 提案書の提出までには、約2週間の余裕があった(図5)。じっくりと検討することが可能な時間である。提出先が経営企画部であることから、全社的な活動であることが推測できる。

経営企画部と営業部の力関係が気になる

図6●「ときわ印刷の会社概要」を記述している

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図7●「ときわ印刷の組織図」が示される

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図8●ときわ印刷が進めてきた「これまでの取り組み」を記述

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図9●ときわ印刷が考える「今後の方針」

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図10●ときわ印刷が社内で議論した「現状の問題点」を示す

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(5)「4. ときわ印刷の紹介(1/2)会社概要」について
 ときわ印刷のプロフィールが書かれている(図6)。広告制作会社としては、比較的規模が大きいと感じられる。印刷工場を持っていることから、企画・演出より制作にかかわる売り上げが多くを占めていることが考えられる。

 社長も栗原氏であることから、電話をしてきたのは社長の身内であるかも知れない。また、事業別の売上高は分からないが、この業種としては比較的規模が大きいと思われる。

(6)「4. ときわ印刷の紹介(2/2)組織図」について
 特に注目すべきことは、経営企画部が他部門と並列の関係にあることである(図7)。経営企画部が他部門と同列だとすると、営業力の強化がテーマであるにもかかわらず、力関係の問題で営業部との連携がうまくいかない危険性もある。  また組織図を見ると、営業部が第1営業部と第2営業部に完全に分かれており、この意味合いも気になるところであった。

(7)「5. これまでの取り組み」について
 ときわ印刷での、これまでの活動経緯と結論が端的に記述されている(図8)。十分な吟味がなされたかどうかは、この記述からだけでは判断できないが、ときわ印刷が何をしたいと考えているかは理解できた。

どうして外部からの支援が必要なのか

(8)「6. 今後の方針」について
 非常に明快な記述である(図9)。支援してほしいこと、成果物として弊社に作成してほしいものが明確にイメージされていることと思われる。課題と解決策を再レビューしたうえで、営業活動を定義し、そのために必要な情報とシステム化要件を定義するという道筋が分かる。

 しかし、もし本当に明確になっているとすれば、別の疑問も浮かんでくる。それは、どうして外部からの支援を必要としているかということである。

 社内だけでも十分に検討できることを感じさせる提案依頼書であり、今後実施すべき作業を明確に定義できているのであれば、何も外部に依頼する必要はないのではないか。もしかしたら、プロジェクト運営上の問題が何かあるのかも知れないということも気になった。

(9)「7. 現状の問題点」
 社内で整理した問題点が記述されている(図10)。現場の生の声を基に社内で議論しており、つながりがよく分からない部分はあるものの、ときわ印刷として考えている問題構造は理解できる。「6. 今後の方針」で示された内容との整合性は取れているようだった。

課題と打開策はどこにあるのか

 次回はこの提案依頼書を詳しく分析し、直接記述されていない行間も読みながら仮説を立てるプロセスを解説する。

 ときわ印刷の事例においては、事前に得られた情報が非常に少ないという特徴があった。そこでまずは、帝国データバンクなどから企業情報を取り寄せ、さらにときわ印刷が立ち上げているホームページなどを探してみた。業務改革の手掛かりになると思われる情報を期待したものの、提案依頼書に記述された以上の情報は得られなかった。

 このような場合、提案依頼書を深く読み解き、そこからときわ印刷の現状と今後のシナリオをどこまで具体的に描けるかがすべてになる。もちろん、それは仮説に過ぎない。しかし、この仮説なしには顧客ニーズに迫ることはできないのである。

 さて、皆様はどのように考えるであろうか。ときわ印刷の経営課題に関する仮説を立てるためには、例えば次のような順序で考えると分かりやすい。

(1) 営業上の問題の根本原因はどこにあるのか
(2) ときわ印刷は、具体的にどのようなシステム機能を望んでいるか
(3) そのシステムを利用した営業を実現するまでの道のりと遭遇するであろう課題
(4) その課題の打開策(これが今回の経営課題仮説になる)

 読者の皆様もこの提案依頼書をどのように読み、どのような仮説を立てるか考えてみていただきたい。

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役