昨年の暮れに,某上場メーカーの最新工場を見学させてもらったことがあります。
 工場の中心部に電算室なるものがあって,そこには購入価額が「億」単位の,筆者の身長(180センチ)をはるかに超える巨大なサーバーが鎮座していました。
「へぇ~,これがウワサのxxxxですか」  それは外国製の超有名なERPシステムの心臓部でした。この会社が経済雑誌などで「システムの一新により"攻めの経営"に転ずる」と紹介されていたのを筆者は思い出しました。グィ~ンと低周波の音を立てて黒くそびえ立つその姿は,映画『2001年宇宙の旅』に登場する"モノリス"のようです。
「でもね,タカダ先生……」
 生産管理室の係長が,ため息混じりに呟きました。
「これがまったく使えないシロモノでしてねぇ」
 その意外な言葉に,筆者は真意を測りかねました。

 係長がいうには,工場で生産する部品にはすべてICタグ が付けられ生産管理システムとしては優秀なのだが,その先の原価計算システムとなると,"モノリス"はまったく使いものにならないのだそうです。
「恥ずかしながら当社の原価計算は,いまだにExcelで行なっているレベルなのですよ」
「でも,このシステムは,原価計算も“ウリ”だったのではないですか?」
「導入当初は,そのはずだったんですがねぇ……」

 係長の説明によれば,数千点に及ぶ部品のマスター・テーブルへ日々,データを入力するだけで手一杯になってしまい,肝心の原価計算までは手が回らないのだそうです。
 大量生産・大量消費の時代であれば,供給(メーカー)側から一方的な規格を押しつけていればよかった。ところが現在では,需要側からの要望にキメ細かく応ずるために,毎日,膨大な件数のマスター更新(実際には手入力)が必要になる。結局,月次決算や年度末の決算では,Excelを使って計算せざるを得ないのが現状なのだとか。
「でも,それでは"億"単位のカネをかけたシステムの半分も使いこなせないことになるでしょう。Excelで作った資料を社長に提出していて,社内で問題にならないのですか?」
 筆者の質問に,係長はニヤリと笑いました。
「タカダ先生の懸念はもっともですが,"耐震偽装"の構造計算書と同じで,Excelで作った資料を,それなりに"偽装"することはできるのですよ」
 なんとまぁ,社長をはじめとする経営幹部は,最新システムでアウトプットされた資料と信じて疑わぬまま,「わが社の経営戦略」を論じていたわけです。

 21世紀にはいって,ITは企業経営に革命をもたらしたと言われています。しかし現場レベルで話を聞いてみると,ExcelやWordに毛が生えた程度の使われ方しか行なわれていないようです。
 売上高の急激な伸びが期待できない時代では,コスト管理が特に重要になります。にもかかわらず,標準的なコストが分からない,実際のコストが分からない,結果として両者の差異原因が分からない,とにかく頑張りましょう,といった企業が多い。
 大企業であれば,人海戦術でなんとか対処できます。しかし,中堅・中小企業(SMB)ではシステムに「億」単位のカネをかけている余裕はないし,人海戦術で対応できるほどの人手もない。しかし,コスト管理はどこの企業でも喫緊のテーマです。効率よく取り組む方法はないものか。

 このコラムでは,できるだけ現場の声に耳を傾け,コスト計算やコスト管理の話題を中心に,企業経営者が身に付けるべき「基礎知識」を紹介していくことにします。資金繰りの要諦や決算書の読みかた,今年の5月から施行予定の会社法なども話題として想定しています。
 さらに,「会計」に関する知識を,根っこの部分から掘り起こす話もしようと考えています。「ライブドア事件」の主役であるホリエモンは,東京地検から粉飾決算への関与を問われたとき「ボクには会計の知識はありませんから,分かりません」と答えたそうです。
 読者の皆さんは,彼の発言をどう受け止めますか。
 失礼ながら,手許にある貸借対照表と損益計算書から,ご自身でキャッシュフロー計算書を作れぬようでは,ホリエモンを笑うことはできません。「社長職に,そのようなノウハウ習得は必要ない」といってしまえばそれまでです。しかし,自身にノウハウがなければ,部下がExcelで作った資料に踊らされるだけです。

 経営者たるもの,「裸の王様」とならないために──。これが,このコラムの隠れたテーマと言えるでしょう。


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/