レイムダック化(弱体化)したシステムを「動かす」には,まずトップから関係者まで全員が,レイムダック化に気づいていなければ,話は始まらない。ところが,それに気づかずシステムが順調に動いていると信じている,あるいは信じた振りをするお目出度い人々が,なんと多いことか。

 つい先日,ほかならぬ私自身が「オレオレ詐欺」を経験した。今回はこの話を引用して「ITを盲信するお目出度い人々」を紹介したい。

 まず「上野駅鉄道警察」からという電話がかかってきた。

鉄道警察「息子さんが痴漢を働き,今朝から否認していたが,他の乗客に詰め寄られてさっき犯行を認めた。本人は泣きじゃくっているが,いま代わる」
息子「(おいおい泣きながら)ごめん! 本当にごめん!」
(まさに息子の声。筆者は最初絶対にあり得ないと思っていたが,ここで完全に信じ込んでしまった)
警察「被害者が刑事事件にすると言っている。本人確認のために息子さんの携帯番号を知りたい。国選弁護士をつけたので連絡をとってくれ」

 ここでいったん電話を切って,指定された「国選弁護士」へ電話をかけた。

弁護士「青木です。被害者の夫が駆けつけて来て怒り狂い,刑事事件にすると息巻いている。(筆者の質問に)示談金は100万から300万が相場。いま夫と代る」
筆者「申し訳ない。そちらに駆けつけてお詫びしたい」
「会いたくないし,時間もない。いま会社を抜けて来たがいつまでも抜けていられない。我々新婚でこんな話を公にできない。お父さんも他言しないという約束で示談に応ずる」
弁護士「示談金100万円を何時までに用意できるか?夫の時間がない。郵便局から振り込んでもらいたい。郵便局に着いたら電話をくれ。その時に振込先を連絡する」

 やり取りの中でいくつか不可解な点があったが,相手を刺激して騒ぎ立てられることを終始恐れた。

 電話を切って100万円を用意するよう妻に指示してから,小用に行った筆者はトイレで考えた。やはり,息子が痴漢を働いたとは考えられない。それにどうしても納得できない点がある。そこで,トイレを出てから息子に電話した。会社には不在,ケータイは話中。そこで警視庁へ電話し,上野でその種の事件は扱っていないことを確認。その直後,息子から電話が入って,すべて芝居だったことが判明した。

 しばらくすると,先ほどの「弁護士」から催促の電話があった。筆者が「すべて調べた」と言うと,途端に電話は切れた。息子はケータイに何十回もかかっては切れるので,不思議に思っていたという。無論,オレオレ詐欺グループが息子と連絡が取れないようにするため,「お話中」状態を演出していたのだ。


経営者は現場の声で不具合の兆候を探せ


 危うく難を逃れたが,後から考えてみても,なぜ信じ込むのかと思うほどバカバカしい話だ。しかも筆者は数ヵ月前に,友人からオレオレ詐欺に騙されかけたという話を聞いたばかりだった。実際に渦中に入ると,客観的な状況判断ができなくなるということを,つくづく思い知らされた。

 オレオレ詐欺に限った話ではない。経営トップも「ITを導入すると経営の全体最適化が可能だ」「顧客を確保できる」などと仲間やベンダーに言われると,日頃の疑問も忘れて,つい信じてしまう。「IT万能」と信じ込み,IT導入自体が目的となって,疑問を差し挟まずに突っ走るようになる。導入途中では納得できない点が必ずいくつかある。しかし,いったん信じ込んでしまうと,それらをつい見逃してしまう。こうなると,オレオレ詐欺の被害者を笑っていられない。

 筆者と付き合いのあるA社では,生産管理の永年の混乱を救済するためにSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)パッケージを導入した。しかし従来の業務を手直しせずに導入したこともあって,システムは使われないまま,ただ稼働を続けた。営業部門が入力する受注見込みの根拠は曖昧。部材の入手遅延が改善されないので,遅延表は警告の山で真っ赤になった。結果として,生産計画のシミュレーションは意味をなさない。

 生産管理部門と資材部門は,背に腹は代えられず,独自の生産計画や部材入手アクション表を,手元のパソコンや手作業でひそかに作成した。二重手間である。

 しかし,トップ・経営者は相変わらず,SCMの導入で経営は改善されるものと信じ込んでいた。そもそもトップや経営者には,本音の情報が容易には入らない。だから,他人の声を息子の声と誤認したままだ。一方,情報部門は自分たちで導入したシステムが使われていないことを知ろうとしないし,知っても認めようとしない。

 ユーザー部門はシステムが使いものにならないと不用意に公言すると,天に向かって唾を吐く行為になることを恐れて口をつぐむ。実際,筆者は製造部門で同じ事態に直面してシステムを批判したところ,トップや情報部門から袋だたきにあった経験がある。やれシステムを使いこなさずに理屈を言うな,やれシステムを批判する余裕があるならその前に納期を守れ・在庫を減らせ・・・。結局貝になり,お目出度い人に加わってしまった。

 こうなると,経営トップをだましている情報システム部門は明らかに加害者である。ユーザー(生産管理・資材など)部門は被害者のはずだが,結果的に加害者の陣営に加わることになる。

 こうした状態は,経営者・情報システム部門・ユーザーの,いずれかが動けば何とかなる可能性がある。

 トップや経営者は,本当の息子の声かどうかを聞き分ける冷静さを失わない,仮に息子の声と誤認しても,その後の不可解な事象を見逃さない鋭敏な感覚を持つことだ。製造や物流の改善投資の場合は経過や効果が目に見えるが,IT投資の効果は目に見えにくいので追及が甘くなる。不可解な事象を見逃さないためには,日ごろから現場に下りて,現場の声を聞くように心がけよう。冷静さを失っていなければ,納得できない兆候がいくつか見えるはずである。例えば,製品の約束納期が遅れるのが常態化する,営業からのクレームが増える,在庫が増える,などだ。

 情報部門は,自らを厳しく律して,システムの導入効果を正しくフォローアップしなければならない。それが結果的に,社内でとかく軽視されがちな情報部門の地位向上や次の投資計画にもつながる。そしてユーザー部門は最も被害をこうむるのは自分達なのだから,勇気を持って現実を暴くことだ。それが無理なら,問題を表面化させるための手立てを工夫しよう。例えば,頻発する約束納期遅れで営業部門を怒らせ,システムが役に立たないことを暴露する。

 もし,経営者・情報システム部門・ユーザー部門がいずれも動けないなら,システムの甦生はあきらめるしかないだろう。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp