ユビキタス時代に必須の設計仕様 |
私は現実的にできることから少しずつ実行することで“真のアクセシビリティ”を目指すべきだと考えている。つまり,現在の技術で容易に非視覚的に表現できる情報は対策すべきだが,そうでない情報については次の技術革新を待ってもよいのではないかということだ。完ぺきを目指すがあまり,今できることを見失うことの方が大きな損失ではないだろうか。初級・中級レベルのアクセシビリティがより多くのサイトで実現されれば,ほとんどの問題が解決されるだろう。
これから知恵を絞って考えていくべきは,次世代のWebアクセシビリティのあり方である。ユビキタス時代のWebコンテンツ開発には現在とは異なる要求が加わり,技術的にもデザイン的にもより高度な技術が必要になるだろう。
このような時代において,今回述べたアクセシビリティ技術の発展を考えると,(1)一般向け製品への展開,(2)高齢者のアクセシビリティとの協調,(3)ユビキタス技術との連携,という取り組みが有効である。
(1)の一般向け製品への展開により,健常者も音声で情報を取得するようになれば,ビジネスに直結して改善がより速く進む可能性がある。すでに米国では,車の中での音声情報アクセスが進んでいる。一般の書店ではオーディオ・ブックというメディアが売られていて,CDに録音された書籍を運転中に聞くことが一般的な使用目的だそうだ。日本ではこのようなメディアはあまり見ないので,私は米国に出張するたびに購入している。これは視覚障害者のために作られたものではないが,利用するのに何のハンディもない。それどころか一般に販売されているものが普通に利用できるので,コスト面で割安ということになる*7。
米国では音声応答システムも進んでいて,音声認識・合成システムを用いた電話による情報サービスが日本と比較すると多いように思う。このようなニーズが要素技術を向上させるため,米国の音声合成の質は日本と比較すると非常に高い。
ユーザーが増えないと技術開発は加速せず,質の向上は見込めない。視覚障害者は音質がそれほどよくなくてもがまんして利用するが,健常者は音質が悪いと音声アクセスを使おうとしないという傾向がある。音声での情報アクセスを普及させるためには質の高い合成音声の実用化が必須である。
高齢者対策やユビキタス技術と融合させる
インターネットやWeb利用者の年齢層が広がるなか,(2)の高齢者のアクセシビリティとの協調は将来性が見込める*8。高齢者のアクセシビリティは障害者のアクセシビリティとさまざまな面で違いはあるが,感覚器の機能低下など共通する事柄も多い。つまり,高齢者にとって有用なアクセシビリティ技術は,多数のユーザーにも大きな恩恵と成り得る。
高齢者ユーザーをターゲットとしたIT機器は,他の機器と比較すると視覚障害者にとっても使いやすい。例えば,高齢者向けに工夫された携帯電話。読み上げ機能があるため,ほとんどの視覚障害者はこれを使っている。携帯電話のような大量生産を要求される製品において「視覚障害者用」はビジネスとしては難しいが,「高齢者用」であれば成り立ち,両者に恩恵をもたらすというよい例だろう。
(3)に挙げたユビキタス社会を実現する技術群,すなわちWearable Computer(装着型のコンピュータ),RFID,無線通信もアクセシビリティを実現するためのキーとなる技術である。
例えばRFID関連技術は現在,トレーサビリティやコスト削減を実現する技術として注目され,実用化も進んでいる。数年前,私は初めてRFIDの実用例のデモを見た。スーパーで買い物をした後に,レジを通ることなくショッピング・カートを押して駐車場に向かうというものだ。カートの品物にはすべてRFIDタグが付加されていて,RFIDリーダーが出口ですべての情報を読み取り,後で登録済みのクレジットカードから引き落とすという仕組みである。現在はまだ課題(セキュリティやプライバシ保護,コスト,リーダーの読み取り精度)が残されているため,実用化には至っていない。
私が注目したのは,RFIDタグに書き込まれた商品の情報を何らかの方法で音声出力できれば,目が見えなくてもショッピングを独力で楽しめるようになるという可能性だ。例えば,私の携帯電話にRFIDリーダー機能があれば,それを商品にかざして音声で説明を聞く仕組みが考えられる。これを実現することは,技術的には決して難しくない。RFIDの小型化は進んでいるし,すでに音声合成エンジンを搭載した携帯電話も開発されている。アプリケーションをJavaで開発し,データベースへのアクセスはWebサービスで実現できる。
浅川 智恵子 Chieko Asakawa/日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員 |