「ロング・テール(Long Tail)」という言葉をご存知でしょうか。Amazon.comやiTunes Music Storeなどの電子商取引サイトで,ニッチな商品の売り上げの合計が売れ筋商品の売り上げに匹敵,もしくは上回るといった現象のことです。各商品の売り上げを,売り上げの高いものから順に並べてグラフを作ると指数関数的に減少する曲線になりますが,ニッチな商品はこの曲線の細長い尻尾の部分に相当するためにこう呼ばれます。

 店舗販売を前提としたこれまでのマーケティングでは,20パーセントの“売れ筋”商品が売り上げ全体の80パーセントを占める(パレートの法則)というのが通説でした。在庫/流通コストを考慮すると,一定以下の売り上げしか見込めない商品は仮に店舗に置いても赤字になるだけです。

 これに対して,電子商取引サイトでは在庫/流通コストが大幅に低いので,損益分岐点が下がってこうしたニッチな商品でもそれなりの利益を得ることができます。加えて,展示コストが事実上ゼロですから扱う商品の種類はいくらでも増やせます。結果,「ちりも積もれば山となる」で,ニッチな商品の売り上げの合計が,売れ筋商品の売り上げ合計よりも多くなったりするわけです。

 この論理を我々出版業者に適用するとどうなるでしょうか。記者が紙媒体(雑誌)の編集部に在籍していたときに気になっていたことの一つは,読者の方から「○○について特集してほしい」といった要望をいただいても,「ごく一部の読者にしか読まれない」という理由でほとんど応じられなかったことです。しかし,ITproのようなWebサイトなら,一部の読者にしか読まれないような記事でも掲載できるのではないか---記者の頭に最初に浮かんだのはこの点でした。

 残念ながら,弊社のようにコンテンツ作成が業務の多くを占める出版社では,印刷や配本などのコストはゼロになりますが,原稿料(社員が書く場合は給料)やデザイン料といったコンテンツ作成コストは紙雑誌の場合とあまり変わりません。しかし,Webサイトの記事には,少なくとも在庫コストが事実上タダというメリットがあります。

 この点では,次の号が出た時点で書店から消えてしまう雑誌や,発行後しばらくすると版元で品切れになる書籍にはないWebサイトの強みと考えることもできます。Webサイトの記事はデータベースから削除しない限り消えることがありませんし,古い記事を求めて書棚を探し回る必要もありません。Webサイトはアップツーデートな情報を扱うのが得意という印象がありますが,決してそれだけではないのです。

 Webサイトの場合,記事によってアクセス数が違うほか,投稿されてから時間が経過するに従ってアクセス数が下がるという傾向があります。この時間軸に沿った尻尾のコンテンツに対するアクセス数が十分なものになるならどうでしょうか。たとえ投稿された直後にそれほどアクセスされなくても,末永く読まれる良い記事であればコンテンツ作成に要したコストがペイする可能性が出てきます。

 もちろん,単に記事をデータベースにためておくだけで読んでもらおうというのはムシがよすぎますね。電子商取引サイトでロングテールが実際に利益を生み出すには,ニッチな商品が顧客の目に留まるように工夫することが非常に重要だと言われています。具体的には,レコメンデーションやアフィリエートなどがこの工夫に相当します。Webサイトの場合も,過去記事へのリンクを適切に配置するほか,「この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます」欄を作るなどの機能追加が必要かもしれません。

 良い記事が読者の方々の目に留まるように適切に誘導することこそ,サイト管理者の使命である---。よく考えれば当たり前の話ですが,自分の役割が見えてきた気がします。私が担当するテーマサイト 「最新テクノロジー」では,実用にとらわれず,今後重要になる技術や知的好奇心を満足させるような話題を取り上げていきたいと考えています。よろしくお願いします。