表 米国508条のWebアクセシビリティにおける16項目<br>著者らが要約した上で日本語に訳したもの。全文はSection508.gov(http://www.section508.gov/)を参照。
表 米国508条のWebアクセシビリティにおける16項目<br>著者らが要約した上で日本語に訳したもの。全文はSection508.gov(http://www.section508.gov/)を参照。
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アクセシビリティ関連の法律や規格にのっとったWebページを作成する上での効果的なポイントを紹介する。誰にとっても使いやすい製品やサービスを開発するには,見えない・聞こえないユーザーを想定する必要がある。(本誌)

 後編ではWebアクセシビリティの課題に焦点を当てる。まずは米国で定められたリハビリテーション法修正508条(以下508条)とアクセシビリティ関連のJIS規格の特徴,および効果から見ていく。次に,音声ブラウザのユーザーでありアクセシビリティ分野の研究者である筆者が考える,Webアクセシビリティ実現のためのポイントを紹介する。最後に,今後のアクセシビリティに対する期待と危機感を述べる。これからユビキタス時代を迎えるに当たっての心構えを共有したい。

強制力が強い米国508条と日本語対応のJIS規格

 前編でも紹介したように,現在では多くの国でガイドラインや法律が定められている。中でも508条は,アクセシビリティをビジネスとして成立させる手法としてかなり効果的だ。508条は,連邦政府関連機関および各州政府関連機関が電子情報機器を調達する際に,アクセシブルな機器を調達しなければならないと定めた法律である。他の法律と比較して際立っているのは,定義や運用が徹底されており非常に強制力が強い点である。508条の特徴は四つある。

【特徴1】条件が厳密

 508条は対象をソフトウェア,Webサイト/ Webアプリケーション,電話,ビデオ/マルチメディア機器,組み込み機器,パソコンの6種類に分けて,アクセシブルであるための条件(Technical Standard)を規定する。さらに,この6種類全体をカバーする条件(Functional Performance Criteria)も別途定めている。

 例として[拡大表示]にWebサイト/Webアプリケーションに対する16項目を示す。ここでは割愛したが,全文を読むとあまりに具体的で驚く。例えば,aの項目には画像に対する代替テキストに関して“alt”,“longdesc”といったHTMLのアトリビュート名が具体的に列挙してある。組み込み機器標準などにおいても,音声出力の音量やATM(現金自動預け払い機)などのコントロール・パネルの位置などを定めている。

 これほど厳密に定義するとあいまい性がなくなり,定義していない項目が無視されてしまうという問題もある。だが,定義した項目に対しては言い逃れができないというメリットは大きい。

【特徴2】申告用のフォームが定められており,対象機器の比較が容易

 508条は,決められた条件を満たしているかどうかをきちんと申告するためのフォーマット「VPAT(Voluntary Product Accessibility Template)」を規定している。企業があいまいに記述してごまかしたのでは,法律の実効性が低くなるからだ。企業はVPATに機器やアプリケーション,Webサイトが法律の各項目に準拠しているかを記入し,入札時に提出する。

 VPATには,機器などが持つ各種機能のすべての側面について記述しなければならない。例えばキオスク端末がテレビ電話機能を持っている場合,組み込み機器とソフトウェアの条件に加え,電話に関する条件についても満たしているかを書き込む。このように決まったフォームであらゆる機能について公表されているため,製品間の比較が容易である。最近では,自社製品のアクセシビリティをアピールするため,VPATをWebサイトで公開する企業も増えている*1

【特徴3】企業の実利益に直結

 実際に利益に結びつかなければ,企業はなかなか動かないものである。508条は,各条件を満たしていなければ入札において不利になる。「政府関連機関による調達」に限定しつつも,このように実利益・不利益に直接的に結びつけることで,各企業の重い腰を上げさせることに成功している。利益に直結するので企業の投資が活発になり,アクセシブルなWebサイトを構築するためのオーサリング・ツール,アクセシビリティ・チェックツールなど多くの技術が開発された。さらにWebサイト再構築・修正サービスなども活発になり,「Webアクセシビリティ産業」が形成されるに至っている。法律が企業投資を促し,新たな福祉産業が立ち上がるという連鎖が生じた。

【特徴4】司法長官が2年ごとに,大統領と議会に対して法順守の状況を報告する

 508条を現在の形に修正することを定めた「Workforce Investment Act(労働力投資法)」では,司法長官に大統領と議会に対する報告義務を課している。このため,司法省が2年ごとに大規模な調査を実施する。つまりアクセシビリティのレベルが徐々に向上するように,「監視」する仕組みがあるのだ。

実質的には強制力があるJIS規格

 日本に目を向けると,残念ながら508条のような強制力のある法律は存在しない。しかし2004年に,Webアクセシビリティに関するJIS規格 「JIS X 8341-3 高齢者・障害者等配慮設計指針—情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス — 第3部:ウェブコンテンツ」が策定された。これにより,日本独自のやり方でWebアクセシビリティの実現に向けて大きな一歩を踏み出した。特徴は三つある。

【特徴1】 「関係省庁申し合わせ」により調達基準に採用されている

 JIS規格自体に強制力はない。しかし,JIS規格に準拠させるためのからくりがある。

 日本では,政府関連機関がJIS規格やISO規格といった標準規格にのっとった製品を調達することを取り決めた「関係省庁申し合わせ」がなされている。これをWebに当てはめると,JIS X8341に適合したWebコンテンツを開発しなければならないことになる。つまり508条に似た効果が期待できる。もちろん,508条ほどの力強さは望むべくもないが,啓蒙や心理的効果の観点からは効果大だろう。

【特徴2】 要件が39項目と多い

 JIS規格は508条よりも項目が多い。508条は16項目であったが,JISはメインのガイドラインにあたる「5章 開発及び制作に関する個別要件」で39項目を定義している。また,付属書において,具体例や修正方法を示している点も大きな違いだろう。さらに一番最後の「解説」の章では,規格にならなかった「ボツ項目」も紹介されていて,規格策定の過程が分かり興味深い。

【特徴3】 日本語固有の問題に対応

 JIS規格は日本語に対応しているため,日常的に起こりがちな問題へ対処できる。例えばレイアウトの際に,ボタンの上に文字をきれいに配置するため,送信ボタンに「送 信」とスペース(空白文字)を入れて記述するとしよう。見た目は良くなるが,音声合成エンジンは空白文字が入っている単語を一つの熟語だと認識できない。このため,「おくりしん」のように誤って読み上げてしまう。

 この問題に対応する項目が,5章9項「言語」のe)「表現のために単語の途中にスペース又は改行を入れてはならない」に当たる。このほか漢字の読みに関する問題など,日本語の問題に対する取り組みは他の非ヨーロッパ語圏にも今後影響を与えていくだろう。

 米国の法律と日本の規格にはそれぞれの特徴があり,Webアクセシビリティを実現するまでの道のりは国によって大きく異なる。政府関連機関同士の比較では,米国のサイトのアクセシビリティが日本よりも高かった。ただ,私たちが実施した日米の企業サイト同士の比較調査では,いくつかの業種で日本企業のサイトのアクセシビリティが高いという逆転現象が見られた。日本企業は,法律によって強制されなくてもアクセシビリティに対する意識が高いといえる。


浅川 智恵子 Chieko Asakawa/日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員

日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 主席研究員
中学時代にプールでの怪我がもとで失明。1982年に大学の英文科を卒業。1985年に日本IBM入社。2004年に東京大学工学系研究科博士課程終了。入社後はアクセシビリティ技術の研究開発に従事。1997年に視覚障害者でもネットサーフィンが楽しめるソフト「ホームページリーダー(HPR)」を開発。現在11カ国語に対応。2004年に視覚障害者や高齢者にとってのウェブサイトの使い勝手を評価できるソフト「エーデザイナー」を開発し,現在体験版が公開中。これらの功績により,1999年厚生大臣表彰を受賞,2003年に米国女性技術者団体WITI(Women In Technology International)が選定する女性技術者の殿堂入り,日本女性科学者の会功労賞受賞,日経ウーマンWoman of the Year 2004で総合2位,2004年第3回日本イノベーター大賞(日経BP社が主催)において優秀賞を受賞。