今回から「ときわ印刷」の事例を基に、提案書作成のポイントを解説する。提案書は短時間で相手に内容を伝え、理解してもらわなければならない。このため提案書を作成するときは、内容をできるだけ図解するなどビジュルアル的な表現が欠かせない。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



 今回から2つ目の事例をご紹介したい。会社名は「ときわ印刷株式会社(仮名)」。顧客の販促活動(セールスプロモーション)を効果的に演出するための企画から印刷物・販促物の制作まで一貫したサービスを手掛ける広告制作事業会社である。

図1●今回の企業プロフィール

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 ときわ印刷は地方都市にあり、売上高は90億円、700社を超える顧客を有している。広告制作事業会社として県内では2番手グループに位置している企業である(図1)。もともとの母体が印刷会社であったため、印刷工場を保有しており、印刷物や一部の販促物を作成することも可能である。社員数は150人で、そのうち半数が営業、3割が工場、2割が総務などの間接業務を担っている。

 近年の広告制作業界は、不況の影響もあって市場規模が縮小傾向にあった。このような状況下で、ときわ印刷も競合他社と非常に厳しい顧客獲得競争を繰り広げていたのである。

 ときわ印刷の栗原氏から電話がかかってきたのは、1月中旬の朝であった。ときわ印刷と弊社とは今まで取引はなく、初めてのコンタクトである。栗原氏の話によれば、ときわ印刷では営業力強化を目的とした情報武装を検討しているとのことであった。そのための提案依頼先の調査・選定作業を年末から行っていたが、その作業の過程で弊社ホームページを見て、弊社も候補の1つになったということである。電話での栗原氏の話をまとめると、ときわ印刷が提案を依頼してきた背景と狙いは次の通りであった。

付加価値の向上で価格競争から脱却したい

図2●ときわ印刷から提案書作成依頼書が送付された

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図3●ときわ印刷への提案活動の全体スケジュール

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 ときわ印刷は、市場規模が縮小傾向にある中、競合他社との顧客獲得競争のために受注価格のダンピング合戦を強力に展開してきたのだという。しかし、最近になって、ダンピング合戦にも限界を感じるようになっていた。このままでは、将来に展望を見出せなくなるという強い危機感を持つようになったのである。そして、栗原氏はこの状況から脱するためには付加価値の高い提案型ビジネスへと大きく舵を切らなければならないと考えていた。

 栗原氏は以前から、印刷物や販促物の単純な制作だけではなく、企画や演出も含めたトータルなサービスに力を注いできていた。今、ときわ印刷が将来に展望を見出すとすれば、このサービス機能をより強化することしか考えられないというのである。一貫した付加価値の高いサービスを提供することによって他社との差異化を図り、結果として泥沼化した価格競争から脱却したいという考えであった。そのためには、営業の情報武装化が欠かせないというわけだった。

 栗原氏によれば、社内でプロジェクトチームを3カ月前に立ち上げて、検討を重ねてきたという。現状の問題点の整理から今後の情報武装の方針までをまとめた提案依頼書を郵送するので、ぜひ提案してほしいということであった(図2)。

 今回の事例における提案活動の大まかな流れを図3に示す。提案についての基本的なアプローチは、前回の事例と同様である。収集した情報をもとに経営課題に関する仮説を立て、仮説を検証するための資料を作成し、顧客へのインタビューを行うという流れだ。

 ただし、今回は顧客が遠方にあることに加えて顧客からの要望もあり、提案書の作成過程で直接顧客を訪問することはできなかった。その代わり、栗原氏に電話によるインタビューを行うことになった。電話によるインタビューであることから、プレ提案書のような資料ではなく、インタビューのための質問リストを用意することにした。そして、そのインタビュー内容を踏まえて作成したのが「顧客獲得のためのナレッジ情報共有化システムのグランドデザイン」という提案書である。

 今回のときわ印刷の事例では、顧客からの提案依頼書をどのように分析・理解し、さらに経営課題に対する仮説を立てて提案書にまとめるかまでを詳しく記述することにする。

ドキュメント表現をビジュアル化する

図4●ビジュアル化されていない提案書は読みにくい

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 提案書を作成するうえで欠かせない要件が、提案書の内容をビジュアル化するということだ。特に、忙しい経営者層に提案するとなると、短時間で内容を伝え、理解してもらい、意思決定を仰がなければならない。そのためには、図解を中心としたビジュアル化が欠かせないのである。

 例えば、図4の説明を見ていただきたい。購買システム導入の目的と導入後の業務の流れを説明した、ごく普通の文章である。しかし、この文章を見せられて読む気になるだろうか。読むには、ちょっとした勇気が必要である。勇気が必要になるのは、ある程度の時間集中して考えなければ理解できないためである。

 そこで、勇気がなくても読めるようにビジュアル化する必要が出てくる。ビジュアル化で最も重要なことの1つは、読み手がじっくり考えなくても短時間で理解できるように表現することなのだ。

 では、この文章をビジュアル化するには、どうしたらよいか。何かよいアイデアは浮かんでくるであろうか。このようなとき、ビジュアル化に奇抜なアイデアを求めても意味がないと筆者は考えている。たまたま素晴らしいアイデアが浮かんでくればそれでいいが、多くの場合、誰もができるセオリーに基づく考え方のほうが有用である。ここでは、そのための基本的な着眼点を解説する。

まずは書きたい内容を要素に分割する

図5●内容を各要素に分割することがビジュアル化の第一歩

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図6●内容に応じて「見せ方」を変える

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 ビジュアル化の第一歩は、書きたい内容を要素に分割し、その構造を明らかにすることから始まる。先ほどの文章をそのような観点から個条書きにしたのが図5である。これだけでも、だいぶ見やすくなっているはずだ。

 書きたい内容の要素と構造が見えてくると、ビジュアル化への切り口も見えてくる。まず、前半部分の「システム導入の目的と効果」については、目的と効果という2つの切り口から見たときに、それぞれの複数の要素が対応している。このような複数の切り口と要素の関係があるときは、マトリクス形式で表現すると外れがない。

 次に、後半部分の「新システム導入後の購買業務の概要」について検討してみる。この記述では、明らかに時間の前後関係がすべての要素に共通している。しかし、箇条書きのままでは、前後関係を読み手が頭で考えなければならない。このような場合、共通している時間軸を切り出して表現したほうが分かりやすくなる。このようにして記述したのが、図6である。

データベースの図を書き入れる

図7●図解化するとさらに分かりやすくなる

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図8●データベースの図を書き入れることで、さらに理解が進む

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 これで最初の文章に比べると、読み手はあまり考えずに読めるようになってきた。しかし、さらに図解化の必要がある。矢印の下の説明を読むと、すべてに「どこで誰が」行う業務であるかが記述されている。このような共通要素も軸として切り出したほうがよい。このようにして記述したのが次の図7である。共通要素は軸として切り出すことで、読み手はそれだけ考えずに理解できるようになるのである。

 さらに、もともとの文章の趣旨として最も重要だったことは、「購買情報の一元管理が可能になる」ということだったはずである。しかし、今の表現では、それが一目で分かるほどではない。そこで、その意味を強調するためにデータベースの図を置いてみることにした(図8)。

 この図解がベストではないかもしれないが、このような観点から図解を考えてみるとあまり外れのないビジュアルドキュメントが作れるのである。

 次回は、ときわ印刷から郵送されてきた提案依頼書について解説する

著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役