写真1 デンマークLEGOのロボット作成キットLEGO MINDSTORMS NXTシリーズ
写真1 デンマークLEGOのロボット作成キットLEGO MINDSTORMS NXTシリーズ
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 前回述べたように,マーケット・インとプロダクト・アウトにはそれぞれ利点,欠点がある。マーケット・インでは需要は満たせてもイノベーション(革新的製品)の創造は難しい。逆にプロダクト・アウトでは,作り手のアイディアを生かせる半面,それを“売れる”製品とすることが難しい。

 そのため,この2つの中間のような製品開発の手法が従来から広く採用されてきた。例えば,新製品のコンセプトが固まったら既存製品のユーザーから声を集める,といった方法は家電をはじめ多くの分野で利用されている。さらに,試作品を一部の先端ユーザーやフォーカス・グループ*1に使ってもらい,その結果を基に量産品を調整する,という手法もよく採られる。メーカーはフォーカス・グループを「ヒアリング」対象者として召集し,そこでアイディアや意見を収集して製品開発に役立てることができる。

 しかし,Web 2.0時代の製品開発の手法としては,これだけでは不十分である。イノベーションをもっと市場側に押し出し,「民主化」しなくてはならないのだ。この点を理解するには,製品開発の際に必要なナレッジについて考える必要がある。

 一般に,製品開発に必要なナレッジは大きく2つに分けられる。1つはシーズ・ナレッジ,もう1つはニーズ・ナレッジだ。これらは,それぞれ「どのように作るか」という情報と,「どのように使うか」という情報と考えてよい。シーズ・ナレッジは作るための知識で,メーカー(企業)にある。ニーズ・ナレッジは使うための知識で,ユーザー(市場)が持っている。

 これまでのフォーカス・グループによる手法では,ニーズ・ナレッジをメーカー主導で「収集」しようとしていた。具体的な方法はインタビューであったり,アンケートであったりと様々だが,いずれも紙に書かれた情報としてメーカーに持ち帰ろうとしていたのである。

 しかし,ニーズ・ナレッジは非常に「スティッキー(sticky)」である(移動しにくい)ことが分かってきた。ニーズ・ナレッジには暗黙知の部分が多く,文書化した段階で多くの情報が抜け落ちる。イノベーションに必要なのは,こうしたうまく形式知化できない情報であり,紙に書かれたものではない。つまり,メーカーがフォーカス・グループを組織し,その情報を紙に落としてメーカーに持ち帰って開発する手法は,イノベーションを起こすには不十分なのである。

イノベーションをユーザーに委ねる

 スティッキーなニーズ・ナレッジをうまくイノベーションにつなげるには,イノベーションをメーカー中心で考えてはいけない。イノベーションの主体をメーカー側で維持するのではなく,ユーザーに開放することが必要になる。これがEric von Hippelの言う「イノベーションの民主化」である*2

 最近,この方向にもう一歩踏み込んだアプローチを採るメーカーが出てきた。イノベーションそのものをユーザー側に委ねてしまう手法である。例えば,スケートボードやウィンドサーフィンなどのスポーツ用品では,革新的な機能を備え,商業的にも成功した製品が先端ユーザーの手で開発されている。LEGOブロックで知られるデンマークLEGOが1998年に出荷開始したロボット開発キットLEGO MINDSGTORMS(写真1[拡大表示])や,ソフトウエアのオープン・ソースの流れもこれに相当すると言えるだろう。

 LEGO MINDSTROMSでは,発表してすぐにユーザー・コミュニティがいくつも発足し,ユーザー側から様々なプログラミング言語やOSが登場した。これにはLEGO自身も驚いたという。そこで,2006年夏に出荷予定の新バージョンNXTシリーズの設計に当たっては,先端ユーザーの技術をコア部品に採用する,先端ユーザーとLEGO技術者の共同チームを編成する,といった取り組みをしている。

 オープン・ソースについて言えば,米IBMや米Sun Microsystemsなどは,数多くのオープン・ソース・プロジェクトのスポンサーになっている。例えばSun Microsystemsは,Apache Software FoundationのJavaサーブレット・コンテナであるTomcatの開発を支援し,代わりにそのソース・コードを自社製品に組み込んでいる。LEGOにせよ,Sunにせよ,メーカーが「自ら身をのりだして」スティッキーなニーズ情報を取得しようとしている点に注目していただきたい。


平鍋健児

株式会社チェンジビジョン代表。オブジェクト指向分析設計とプロジェクトの「見える化」を実践・推進する舞踏派コンサルタント。UMLとマインドマップを融合させたモデリング・ツールJUDEを開発中。