三井 英樹

今のWebに足りないもの——それは,デザインとエンジニアリングが融合した世界です。この連載では,Webの「ユーザー・インタフェース(UI)」に注目し,今まで交流が深いとはいえなかった,エンジニアとデザイナが協力して,エンドユーザーの満足を勝ち取るための処方せんを考えていきます。

 上の図は,マクロメディア(現アドビシステムズ)が,Flash製品を広めるために良く用いたものです。筆者は多くの方々とこの図について話をしましたが,この遷移図自体に異論を唱える人はほとんどいません。情報システムがどんな変遷をたどってきて,どのような未来に進もうとしているかの大まかな合意がここにあると言っても過言ではないのでしょう。

 かつて情報システムは,メインフレームと呼ばれる巨大な頭脳と,それにぶら下がるあまり高機能とはいえない表示端末(ダム端[末])が主流でした。導入コストも高く,使い勝手も決して良いものではありませんでした。しかし,多くの情報をプログラムした通りに処理できることは,それら短所と引き換えられない価値がありました。

 その後それらの使い手が限定されるという問題がクローズアップされます。そんな便利なものを特定の(コストの高い)人たちだけに利用させることが問題となり,高機能なパソコンという端末の進歩がそれを後押しします。それが,クライアント/サーバー(C/S)時代です。

 比較的安価でパソコンを配布できるようになったところから,ある領域の情報処理を人手に任せることが全体としての情報処理量を飛躍的に増加させました。メインフレームの「かゆいところに届かない」領域を,人間の手で補ったとも言えるでしょう。だからこそ使い勝手に関しては,無駄を徹底的に廃した方向に進んでいきました。使いやすさや入力の速度が,設計工程の大切な部分を占めていました。

 しかし,そうしたシステムも時間を経ていくと,どうしても機能追加や不具合修正の問題が現れてきます。C/Sは,こうしたメンテナンスの部分でコストダウンすることができず,躍進してきたインターネット(Web)に,少なくとも話題のうえでは主役を譲ることになります。

 「HTMLは誰にでも書ける」というフレコミの下で,サーバーにあるアプリケーションを利用者が(それとは気がつかないように)ダウンロードして利用するという方式は,コスト・パフォーマンスの意味では絶大の威力を発揮します。そうして,簡単な情報登録や閲覧の部分から,Webは情報共有システムとして企業内にも広がっていきました。

 一方でどうしてもWebに移行できない分野も存在していました。C/Sによって培われた操作性や入力効率性はWebでは実現できなかったためです。無理やりWeb(HTML)化して,現場の生産性を落としたという笑えない話も,ここかしこで聴かれるほどです。

 しかし,C/SにもWebにも長所がありました。それらを併せ持つシステムの一つの呼び名が「RIA(Rich Internet Application)」です。システム開発やメンテナンスでもコスト・パフォーマンスが良く,使い勝手も良いものというわけです。現状に満足できない現場は次のステップを求めているのです。

 ただし,先ほどの図が発表された時点では,使い勝手は「入力効率性」という観点よりは,「直感的にわかる」という部分が強調されていました。それは,ある意味では,Web画面を見て迷わされ続けたことへの反動だったとも言えます。「誰にでも書ける」HTMLで実装したおかげで,C/Sの時代に大切にされた画面設計の知恵が「おざなり」にされていたことへの苛立ちとも言えるかもしれません。

変遷の本質

 では,この情報システムの変遷の本質は何でしょうか。私は,最初の図を上図のように理解しています。

 いったん「メインフレーム」や「C/S」や「Web」などの言葉を取り去り,「本当は何のためにこのシステムを開発しているのか」ということを考え直したとき,この遷移図の意味がもう少しわかりやすくなると思います。

 少し前までは,こうした「高ユーザビリティ」かつ「高コストパフォーマンス」なシステムを開発する方法がなかったのです。開発側の制限が多々あり,望んでも不可能でした。それが,ほんの数年の間に状況は一変しています。開発者が望むならば,「至れり尽くせり」のシステムをエンドユーザーに届けることが可能となったのです。

 もちろん,システムは対象ユーザーを選びます。万人が使うものと,何かしら制限のかかったユーザー層が使うものでは,その開発ポリシーから全く異なるものです。しかし,特に社内システムのような場合,「使いにくくても良い」というあきらめが開発者にも利用者にも存在していたことも事実です。

 しかし,使いやすいにこしたことはないのです。今まではそれが投資と結果のバランスが余りにアンバランスだったの挑戦しなかっただけです。社内システムの使い勝手を少し上げるために莫大なコストがかかっていたのです。その経済的「タガ」が外れ始めています。昔ほどコストをかけなくても「使い勝手」は実現できるのです。

RIAの本質

 本質については,いまだ探っているというのが本当のところですが,今感じていることは,この「RIA」の流れは,開発者の意識を揺さぶっているものだろうと,いうことです。

 開発者として,「今作っているものは本当に使いやすいのか」という問いかけを日々しているでしょうか。与えられた仕様書を実装することだけに,頭を使っていないでしょうか。

 この図は,私がシステムを開発するときに注意しているものです。開発対象となる「システム」や「情報」を,どの段階に置こうとしているかを忘れないためです。「使えないものを使えるようにしている」のか,「使えないものを使い易いものにしようとしている」のか。一見同じような見えるこの「立ち位置」の差が,出来上がりに雲泥の差をつけます。

 システムは使われて初めて価値を持ちます。対象ユーザーの層の厚みと,利用シーンをどこまで,開発時点で「想定内」にするかが,今後の「システムの品質」の重要課題となっていくのでしょう。その辺りを,この連載を通して整理していこうと思います。


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。