前回 は,SMB(中堅・中小企業)が保有する情報の内,個人情報に焦点をあてました。しかし,SMBが保有する情報は,個人情報に限りません。今回は,営業秘密の保護という観点から情報セキュリティの法的問題を取り上げたいと思います。

 個人情報の問題では,「本人」という会社以外の個人の利益を,どうやって保護するかという観点から法律が作られています。しかし,営業秘密の保護は,会社の財産としての情報をどうやって保護するのかという観点での問題になります。会社の財産としての情報には営業秘密以外に,顧客情報(法人の場合もあれば個人の場合もある)や技術的な研究開発情報,ノウハウ情報などがあります。


契約だけでは不十分な営業秘密の保護


 このような情報を法的に保護する方法には,契約による方法と不正競争防止法の営業秘密として保護を受ける方法の2つがあります。

 契約による保護というのは,機密保持契約書・誓約書というかたちで情報の保護を図る方法で,一般的な方法と言えるでしょう。機密保持契約を締結した取引先,誓約書を交わした従業員が情報を漏えいした場合,契約違反ということで損害賠償を請求することが可能になります。

 それでは,機密保持契約を締結すれば,不正競争防止法の営業秘密として保護する必要はないのでしょうか。そうではありません。契約による機密(秘密)保持の効力は,契約当事者にしか及びません。契約による義務は,あくまでも契約当事者(誓約書も誓約した相手方)に対してのみ生じる義務で,契約外の当事者に対しては契約違反による損害賠償などを請求できないのです。

 契約がなくても,悪意あるいは過失によって機密情報を取得して不正に譲渡すれば,不法行為(民法709条)にあたるので,損害賠償を請求できる場合もあります。しかし,何が機密の情報であるのかは第三者には必ずしも明らかではありません。訴える側は,機密の情報であることと,当事者がそれを分かっていたこと等を立証しなければなりません。これは,それほど簡単な話ではありません。

 機密情報が漏えいしてしまった場合,情報取得者がその機密情報を使えないようするためには差止請求することになります。しかし,契約違反や民法の不法行為責任に基づく差止請求は,それほど簡単には認められないというのが実情です。

 これに対して,不正競争防止法の「営業秘密」に該当する場合には,次のようなメリットがあります。


1.不正利用者だけでなく,転得者に対しても請求可

2.損害賠償だけでなく,差止請求も認められている

3.損害額について推定規定が設けられている

4.一定の場合,刑事罰が科せられる

 このように,不正競争防止法における営業秘密として保護を受けられる場合には,法的な面でいろいろと優遇されます。

  ちなみに不正競争防止法の営業秘密の制度は,企業が持っている技術的,営業的なノウハウなどを保護するには民法などの法律では不十分だったことから,1990年の不正競争防止法の改正により立法化されたものです。


営業秘密として保護されるための3つの要件


 ただし,不正競争防止法における「営業秘密」として保護してもらうためには,次の3つの要件をすべて満たす必要があります。


1.秘密管理性

 まず,営業秘密は,単に秘密として他人知られていないというだけでなく(これは後述の非公知性の要件),「秘密として管理されている」ことが必要となります。これを「秘密管理性の要件」と呼びます。「秘密として管理されている」というためには,単に会社側で主観的に秘密の情報として管理しているだけではだめです。「客観的に秘密として管理している」ことが,「認識できる」状態にあることが必要になります。


2.有用性

 次が,有用性です。営業秘密に該当するには,「事業活動に有用な技術上または営業上の情報」であることが必要であるとされています。従って,製品の生産・販売,研究開発,経営の改善に役立つ,などの内容があることが必要です。ただし,実際はあまり気にする必要はありません。この要件はどちらかというと,脱税などの犯罪行為を行っているといった公序良俗に反する情報は有用な情報ではないので保護してはいけない,といった場面で問題となることがほとんどです。


3.非公知性

 秘密情報ですから,「公然と知られていない」ことが必要なのは当然です。厳密に言うと,保有者の管理下以外では一般に入手できない状態を意味します。書籍や雑誌,インターネットで公開されている場合には,当然公知情報となり非公知とは言えません。なお,秘密保持契約を締結して秘密情報を委託先に開示した場合には,非公知性は失われません。

 ただし,ある情報が3つの要件をすべて満たしており,営業秘密に該当する場合であっても,それだけで保護されるわけではありません。情報取得者の行為が「不正競争行為」に該当する場合のみ,その情報の保有者は保護されます。不正競争防止法では,不正競争行為(営業秘密の不正取得・不正使用・不正開示行為)について,6つの類型を定めています(不正競争防止法第2条第1項第4号から第9号)。注1)

注1)「営業秘密」に関する詳細については経済産業省が公表している「営業秘密管理指針 」を参照して下さい。「不正競争行為」の類型については,同指針9頁以下に解説があります。

 次回は営業秘密を不正取得した場合の罰則について取り上げます。


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2002年から現在まで,発明協会産学連携経営等支援事業に係る専門家,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://kitaoka-lawoffice.cocolog-nifty.com/)も執筆中。