「SOAは,俊敏な企業を支えるシステム構築の考え方と技術」。こうとらえると,SOAが登場した背景やSOAのメリットは案外スムーズに見えてくる。

 まずは図を見ていただきたい。企業が俊敏性を実現するためには,(1)「認知性」,(2)「柔軟性」,(3)「適応性」,(4)「生産性」という4つの要素が必要である。この要素を連結し,それぞれの要素間のステップにかかる時間を短縮することで,俊敏性が確保できる。


図:「俊敏な企業」を実現するための要素とIT(出典:ガートナー ジャパン)

 (1)の認知性は,その企業に必要な情報や活動をどの程度把握できているかを示す尺度である。例えば前線のセールスパーソンの活動がどうなっているか,そのセールスパーソンが接している顧客情報をきちんと一元管理できているか,といった類だ。認知性を高めるためのITとしては,電子メールやモバイル・システム,ナレッジ・マネジメント・システムなどが挙げられる。

 (2)の柔軟性は,事業変更や顧客のニーズ,企業組織など,近い将来起こるであろう変化にどの程度対応できるかを表す尺度だ。例えばM&Aの際には,素早く情報システムを統合したり,新しい業務プロセスを支える情報システムを整備する必要がある。顧客が発注方法を変更したら,そのたびに受注システムを改修する必要がある。こうした変化に合わせて情報システムが素早く構築・変更できればできるほど,この図で言う柔軟性は高い,というわけだ。

 柔軟性を支えるためのITは多岐にわたる。インフラとしてはネットワークや,さまざまなシステムの情報をまとめる企業ポータルなどがある。システムの構築プロセスとしては,アジャイル開発などが挙げられる。またWebサービスなどのテクノロジも柔軟性に関わる。

 (3)の適応性は,想定していない変化にどの程度対応できるかを表す尺度だ。図を見るとわかるが,ITの側面から見ると,(2)の柔軟性を支えるITと内容はほぼ同じである。ただ,企業の俊敏性を考える上では,柔軟性と適応性は分離して考えた方が望ましい。適応性は“イレギュラー”な場面での柔軟性を指すため,前述の柔軟性とは性質が異なるからだ。

 適応性は(1)の認知性と関係がある。認知性が高いほど,適応性は高い。つまり,認知性と適応性は,比例の関係にある。

 最後の(4)生産性は,いかに企業が効率的な運営をしているかを表す尺度である。柔軟性/適応性を駆使して構築・改変した業務プロセスを適切に実行。そして企業の業績向上,価値創造に結びつける---。この理想型に近づけば近づくほど,生産性は高いと言える。

 生産性に関わるITは多岐にわたる。BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)のツールはいざ知らず,(1)の認知性でも挙げた情報収集のツールも関わる。

 情報を適切に収集し“認知”(認知性),その情報を適切に“判断”(柔軟性・適用性)。そして“行動”に移す(生産性)。俊敏性が高い企業は,こうした一連のプロセスがスムーズに実行でき,それぞれのステップ間のリードタイムが短い。

異種システムを連携させてこそ俊敏性は高まる

 重要な点は,4つの要素にかかわるITを融合することだ。

 最近,非接触型ICカードの利用が急速に進んでいる。店舗でICカードがどのように使われているかをデータとして収集し,それをBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールを使って分析。分析結果を新しい販促策や社内の新しいビジネス・プロセスとして立案し,素早く店舗や社内に展開。展開結果が売上や利益にどの程度貢献したかをレビューする---。こういった姿を実現するには,データベースやBIツール,販売や会計などバックエンド・システム,BPMのツールなど個別要素がしっかり機能しているだけではなく,連動している必要がある。

 ところが,各システムを融合するためには,これまでは“ハードル”が高すぎた。ERP,CRM,スクラッチのアプリケーション,メール・システム…。Javaや.NET,あるいはCOBOL,SAPやOracle,シーベル・システムズなど見事に使用技術が異なるシステムばかり,というのが各企業の実態だろう。

 SOAは,そうしたハードルを低くする---つまり容易につなげるための技術や手法,考え方をまとめたものだ。

 前回,筆者はSOAを「俊敏な企業を実現するうえで必要なシステム作りの考え方,システムの構造,それを支える技術群」と説明した。俊敏な企業=俊敏性を支えるITの構造を持った企業=容易にシステムをつなげられるITアーキテクチャを備えた企業。こう言い換えながら考えていくと,SOAはいまを生き抜く企業に必須のもの,と言えるだろう。俊敏な企業をITの側面から実現するSOAは,いまの企業が身につけるべき「ITビジョン」そのもの,とも表現できる。

 もちろんSOAを実現するための実装の側面について細かく見れば,「システムごとに扱っているデータ・フォーマットが異なるため一口に連携と言っても難しい」,「既存システムは外部から呼び出すことを前提に設計していないためサービス化が難しい」といった課題は残る。ただそれでも,SOAを掲げることは大きな意義がある。データの問題やサービス化の問題は,追って別の機会に説明したい。

次回に続く

飯島 公彦(いいじま きみひこ)/ガートナー ジャパン リサーチ ソフトウェアグループ アプリケーション統合&Webサービス担当 リサーチディレクター

ガートナー ジャパン入社以前は,大手SIベンダーにてメインフレームを含む分散環境におけるシステム構築・管理に関する企画,設計,運用業務に従事。特にアーキテクチャやミドルウエアを利用したインフラストラクチャに関する経験を生かし,アプリケーション・サーバー,ESB(エンタープライズ・サービス・バス),ビジネス・プロセス管理,ポータル,Webサービスといったアプリケーション統合技術に関する調査・分析を実施している。7月19日~20日に開催される「ガートナー SOAサミット 2006」では,コンファレンスのチェアパーソンを務める。
ガートナーは世界75カ所で情報技術(IT)に関するリサーチおよび戦略的分析・コンサルティングを実施している。