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 11月17日,米国のIP電話関連ソフトウェア・ベンダーのAさんと半年ぶりに情報交換することになった。この日は11月の第3木曜日,ボージョレ・ヌーボーの解禁日だ。四谷3丁目の隠れ家のようなワイン・レストランで会うことにした。ボージョレ・ヌーボーが特別好きなわけではないが,晩秋のイベントとして季節感を楽しむのもいいものだ。もっとも,若くて軽いボージョレは最初の1本だけで,あとはいつもの重いボルドーに切り替えた。

 今回はここでの会話を糸口にネットワークの世界の話題と,ユーザーに求められることについて書きたい。

英BTのFMCは失敗か

 Aさんの最初の質問は,「ビジネスは順調か」というものだった。「2000数百拠点のネットワークと,1000拠点のネットワークの構築を進めており順調だ。ただし,どちらもIP電話抜きだ」というと,Aさんは悲しそうに,「IP電話は死んだのか」と聞いてきた。

 日本のIP電話は死んではおらず,ブームが終わっただけだ。現に,筆者のところでも本社ビルの新築に向けたIPセントレックスの導入や,既存ユーザーの事業所単位でのIP電話導入が進んでいる。NTTをはじめ,キャリアはオールIP化を進めている。レガシーな電話がIP電話になるのは必然の流れであり,あとは時間の問題だけだ。

 欧米の通信事情に詳しいAさんに,本コラム第40回で取り上げた英BT(British Telecom)のFMC(Fixed Mobile Conver-gence:固定携帯融合サービス)がうまくいっているかと尋ねた。「失敗ではないか」というのがAさんの答えだった。

 固定電話業者であるBTは携帯電話のトラフィックを固定に持ってくるため,携帯とBluetoothの2種類の無線が使える携帯端末を無料でユーザーに配布した。家庭で携帯端末から発信するとBluetoothでDSLに接続され,固定電話網経由で通話がなされる。しかし,家庭内での発信が固定になるだけでは大きなインパクトにはならなかったようだ。

 それ以上に不振の原因と思われるのはユーザーのメリットが明確でないことだ。ユーザーから見れば,自分のかけた電話が携帯網を通じて接続されようが,固定網からだろうが利用上の違いはない。固定網から発信した方がかなり通話料が安くなるなら話は別だが,トラフィックを奪われたくない携帯事業者が対抗して通話料を下げるのは目に見えている。

 Aさんは,BTがBluetoothの次のステップとしてWiFiを考えている,とも言った。それは筆者も知っていたことだが,日本ではVoice over WiFi(VoW)が苦戦していることを説明した。

 VoWには主に三つの問題がある。一つは音質が悪いということ。VoWにはPHSを内線電話機として使っていたユーザーがけっこう多い。それらのユーザーがPHSに比べてVoWは音質が悪いというのだ。

 これはPHSとVoWの原理がまったく違うのが一因と思われる。PHSは時分割多重方式であり,端末に対して必要な帯域を保証する。これに対してWiFiはCSMA/CA(Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance)という,端末から無線への送信をランダムな時間待って行う原始的な方法で競合を回避するだけで,帯域幅の保証はない。待ち時間や衝突が起こった場合の再送で遅延が大きくなることもある。

 二つ目の問題は発熱だ。初期の製品に比べると最近のWiFi端末は改善されてはいるが,やはり数分会話するうちに熱くなる。三つ目は電波の干渉などで音質が不安定なことだ。

 筆者は,WiFiベースのFMCが普及するにはこれら三つの問題をクリアすることが必要条件だと考える。しかし,これだけでは十分ではない。FMCがユーザーにとってどんなメリットがあるのかを具体的に示せなければならない。筆者はAさんに日本の状況を説明し,「BTがWiFiでFMCをするなら,日本の状況を研究した方がいい」とアドバイスした。

ケータイ新規参入への期待と心配

 ケータイへの新規参入が12年ぶりに認可されたことも話題になった。総務省は11月9日にBBモバイル,イー・モバイル,アイピーモバイルの3社を新たなケータイ事業者として認可した。BBモバイルは2006年中にデータ通信の試行サービス,2007年には音声を含む本サービスを始める予定だ。データ通信速度は当初最大3.6Mbps,将来は14.4 Mbpsを予定しているという。ADSLでの電話サービスを提供しているBBフォンと連動したFMCサービスも視野に入れているようだ。

 イー・モバイルは2006年度中に最大3.6Mbpsのデータ通信を開始し,2007年度には音声通信サービスを始める。アイピーモバイルは2006年10月から当面,データ通信専業でサービスを開始する。最大通信速度を5.2Mbpsと他社より速くし,2500~5000円/月の定額で提供する予定という。現在の32k,64kのPHSベースの定額サービスより安い料金設定だ。

 新規参入により,モバイルの世界が競争で活性化され,低価格化やサービスの多様化が進むことは間違いない。しかし,その期待の裏に固定通信で起きた歴史が繰り返されないかという心配もある。99年に広域イーサネットという魅力的なサービスを開発したクロスウェーブコミュニケーションズは2003年に破綻しNTTコミュニケーションズに合併され,2004年にはケーブル・アンド・ワイヤレスIDCが日本テレコムに合併された。そして,2005年には広域イーサネットでシェア1位のパワードコムがKDDIに合併されることが決まった。

 優れたサービスを開発したキャリアでも,価格競争に勝つ体力がなければ生き残れない。ケータイの世界でも同じことが起こるのだろうか。コンテンツや高速データ通信,あるいはFMCに活路を見いだそうとしている新規参入組が健闘し,これまでにないサービスを生み出すだけでなく,健全な収益モデルを確立することを祈りたい。

ケータイ新規参入への期待と心配

 ケータイへの新規参入が12年ぶりに認可されたことも話題になった。総務省は11月9日にBBモバイル,イー・モバイル,アイピーモバイルの3社を新たなケータイ事業者として認可した。BBモバイルは2006年中にデータ通信の試行サービス,2007年には音声を含む本サービスを始める予定だ。データ通信速度は当初最大3.6Mbps,将来は14.4 Mbpsを予定しているという。ADSLでの電話サービスを提供しているBBフォンと連動したFMCサービスも視野に入れているようだ。

 イー・モバイルは2006年度中に最大3.6Mbpsのデータ通信を開始し,2007年度には音声通信サービスを始める。アイピーモバイルは2006年10月から当面,データ通信専業でサービスを開始する。最大通信速度を5.2Mbpsと他社より速くし,2500~5000円/月の定額で提供する予定という。現在の32k,64kのPHSベースの定額サービスより安い料金設定だ。

 新規参入により,モバイルの世界が競争で活性化され,低価格化やサービスの多様化が進むことは間違いない。しかし,その期待の裏に固定通信で起きた歴史が繰り返されないかという心配もある。99年に広域イーサネットという魅力的なサービスを開発したクロスウェーブコミュニケーションズは2003年に破綻しNTTコミュニケーションズに合併され,2004年にはケーブル・アンド・ワイヤレスIDCが日本テレコムに合併された。そして,2005年には広域イーサネットでシェア1位のパワードコムがKDDIに合併されることが決まった。

 優れたサービスを開発したキャリアでも,価格競争に勝つ体力がなければ生き残れない。ケータイの世界でも同じことが起こるのだろうか。コンテンツや高速データ通信,あるいはFMCに活路を見いだそうとしている新規参入組が健闘し,これまでにないサービスを生み出すだけでなく,健全な収益モデルを確立することを祈りたい。

ユーザーに求められること

 なぜ,当事者でもない筆者が新規参入組の健闘を祈るのか。それはこのコラムで繰り返し書いてきたように,ネットワークの世界が健全であるためにはユーザーがキャリアやサービスを選択できることが重要だからだ。新規参入によって,ユーザーが選択できるキャリアが増えることは好ましい。ユーザーがネットワークの目的と求める要件を明確に意識し,複数の技術・サービス・製品を比較評価して選ぶことが健全な競争につながり,よりよいサービスや製品を生み出していく。

 日本では1869年に電報サービスでネットワークの歴史が始まった。それから1984年まで100年あまり,ネットワークは選択できるものではなく独占的に与えられるものだった。85年の通信自由化でユーザーはキャリアを選べるようになり,この20年間でサービスの低価格化・多様化・高度化が急速に進んだ。

 ケータイの新規参入だけでなく,これから2010年にかけてNTT,KDDIなど主要キャリアはNGN(Next Generation Network)と呼ばれる固定/携帯がシームレスにIP化された高度なネットワークへの移行を進め,その中で様々なサービスが生まれる。ユーザーはブランドや実績にとらわれない選択眼を持ち,そして単に選ぶだけでなく足りないもの,改善すべき点をキャリアや機器ベンダーに求め,主張することが重要だ。特に大規模ユーザーは多くのユーザーにとって範となるインパクトがあり,キャリアやベンダーに対する発言力もある。「選択」と「主張」を積極的に行ってもらいたい。筆者はこれまでどおりSIerとして,ユーザーと同じ視点でユーザーによる選択をサポートし,選択が容易なオープンな設計とその実現のための主張をユーザーと一緒にやっていきたいと思っている。

「事実」の永遠性

 残念なことに,このコラムが『日経バイト』に掲載されるのはこれが最後になった。21年あまりの『日経バイト』の歴史の最後の3年半,このコラムを書かせていただいたことを誇りに思う。本誌の中では異色なこのコラムを読んでいただいた方にお礼申し上げたい。

 人間も雑誌もそして企業も,万物はいずれ消え去る運命にある。しかし,人が生きて何がしかの仕事をなし,雑誌が読者に啓蒙や楽しみを与えたという事実は永遠に残る。この永遠性に筆者は価値があると思う。

 「間違いだらけのネットワーク作り」は2006年4月から,IT Proに連載させていただくことになった。これからもこのコラムで「主張」を続けて行きたい。


松田 次博情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会を主宰。近著に,本コラム30回分をまとめるとともに,企業ネットワーク設計手法について新たに書き下ろした『ネットワークエンジニアの心得帳』がある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。