図1  車車間通信の使いどころ<BR>死角や前方にある危険を事前に検知するほか,周囲のクルマの操作(加速,減速,ハンドルの舵角など)を知ることで,より適切な制御が行えるようになる。
図1 車車間通信の使いどころ<BR>死角や前方にある危険を事前に検知するほか,周囲のクルマの操作(加速,減速,ハンドルの舵角など)を知ることで,より適切な制御が行えるようになる。
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図2  測距レーダーを通信に使う方法&lt;BR&gt;標識,人,自動車,バイクなどが受信機を持ち,測距の電波を受け取ると, RFIDのようにIDやメッセージを返す。これにより,物体同定の精度を上げたり,前方にある物体の状態を取得できるようになる。また,クルマの位置・速度情報の交換やブレーキ警告などにも利用可能。
図2 測距レーダーを通信に使う方法<BR>標識,人,自動車,バイクなどが受信機を持ち,測距の電波を受け取ると, RFIDのようにIDやメッセージを返す。これにより,物体同定の精度を上げたり,前方にある物体の状態を取得できるようになる。また,クルマの位置・速度情報の交換やブレーキ警告などにも利用可能。
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 ドライバや自車が持つセンサーでは知りえない少し先の事象を察知し,クルマの安全性を高める(図1[拡大表示])。これを助けるのが通信だ。例えば,見通しの悪い交差点からのクルマが出現するのを予測したり,何台か先にいるクルマの急ブレーキを知ることができる。

 現行のクルマにも,すでに通信機能が備わっている。例えば,ETC(自動料金収受システム)やVICS用の無線機。ところがこれらはアクセス・ポイントが設置されている近くのエリアでしか使えない。また,安全のための情報は一刻一秒を争うにもかかわらず,必ずアクセス・ポイントを経由してやり取りするため,効率が悪い。

 クルマの安全を高めるためには,新しい通信システムが必要だ。リアルタイム性が高く,クルマや人,道路に設置されたセンサーが柔軟につながるネットワークである。これは直接クルマ同士(ピア・ツー・ピア)で通信することで実現できる。交通安全をトリガーにピア・ツー・ピア型のネットワークが普及していけば,このインフラを使った新しいアプリケーションが作られていく。これはインターネットの上に多様なアプリケーションが作られている現状を考えれば納得いく話だろう。すでに,クルマの流れをスムーズにする信号機制御方式や,リアルタイム性に優れ精度が高い渋滞予測システムなどの研究が進んでいる。

干渉を防ぐ二つの方法

 参加するノード数が多く,形態が頻繁に変化するクルマのネットワークでは「ノード間の干渉をいかに防ぐか」と「柔軟なネットワークをどのように形成するか」が重要になる。

 前者の解決法として二つアプローチがある。まずは,通信距離や方向を絞ること。もう一つはネットワークに参加しているノードがお互いに譲り合いながらパケットを送信できる仕組みを用意することである。

 柔軟なネットワークの構築は,ルーティング情報の交換をしないことで実現できる(別掲記事「位置情報でルーティングするPBRV」参照)。ネットワーク形態が頻繁に変わるケースでは,離れたノードの位置関係についての情報を交換しても,すぐに陳腐化するからだ。

測距レーダーに通信機能を加える

 ノード間の干渉を防ぐ方法として,通信距離と方向を絞る方式を研究・開発しているのが,富士通と情報通信研究機構(NICT),関東学院大学だ。いずれも車載の測距レーダーを使って通信することを考えている。車載レーダーは60GHz帯という非常に高い周波数を用いるので,距離減衰が大きく,直進性が高い。例えば,障害物がある場合,それを越えて先には届かない。この伝搬特性を利用する。

 富士通とNICTは協力してシステムを試作し,2004年10月に開かれたITS世界会議で公開した。このシステムは,車載レーダーと受信機からなる。受信機は車載レーダーからの電波を受け取ると,これに対してメッセージを返す。車載レーダーは500ミリ秒周期で左右15度までをサーチする。通信は5.32ミリ秒ずつのタイムスロットで行う。このスロットの前半は測距用に使い,後半を送信と受信で分ける。データ伝送速度は100kビット/秒だが,一つの物体から送れるデータ量は10バイト程度である。

 富士通はこの通信システムの応用例としてRFIDと似たものを提案している*1図2[拡大表示])。受信機を持っている物体の種類を特定するIDを埋め込んでおき,レーダー通信でその情報を取得する。例えば,クルマや人,標識,ポール,工事現場の識別子をあらかじめ決めておき,これを埋め込む。測距レーダーによる位置と,IDを同時に取得して監視対象がどういう物体か,またどのように動いているかを検知する。

 「変調方式をFSK*2にするなど非常に簡略な回路を使っているため,一般的な測距レーダーとコストはあまり変わらない」(富士通ITS事業本部堀松哲夫技師長)という。富士通は,今後,測距レーダーがほとんどのクルマで採用されると考えており,レーダーの“おまけ機能”として自動車メーカーにシステムの採用を働きかけている。

 関東学院大学 工学部情報ネット・メディア工学科の水井潔教授は,干渉を防ぐために,携帯電話などで使われるCDMA(Code Division Multiple Access)方式を使う車車間通信を研究している。

 CDMAは,通信ペアごとにユニークなデータ列を使うことで干渉を防止する技術。他のノードが同時に通信しても,このデータ列を使って受信信号の中から通信相手のデータだけを取り出せる。

 水井教授のシステムでは,車載レーダー側からデータ列を送り,受けた側がこれを使って変調したデータを返す。「今後測距センサーが一般化していけば,対向や隣接するクルマとの干渉が問題になる。CDMAを使うことでこれを回避できる」(水井教授)という。


位置情報でルーティングするPBRV

図 PBRVの考え方
一般にアドホック・ネットワークでは相互の位置関係をあらかじめ交換し,この情報を使ってルーティングを行う。PBRV(Position-Based Routing in Vehicular ad hoc networks)では送信先のクルマの位置に近いノードに向かってパケットを送り出す。パケットを中継するクルマは,そのあて先に近づく方向にパケットを送り出すことで最終的に目的のクルマにデータを届ける。また,あるエリアにいるすべてのクルマに対してパケットを届けるGeocastという仕組みも取り入れている。

 車車間通信では,ノードの位置関係が時々刻々変化する。こういった環境で電波の届かない範囲にいるノードに中継ノードがパケットを転送する,いわゆるマルチホップ・ネットワークを実現するのは既存のルーティング・プロトコルでは難しい。NECはこの問題を解決する方法として位置情報を使ったルーティング手法「PBRV(Position-Based Routing in Vehicular ad hoc networks)」を開発している([拡大表示])。

 PBRVは,目的のノードがいる位置に最も近づくノードにパケットを渡す手法。位置情報と自分の周囲のノードをヒモ付けたテーブルを保持しておき,これを使ってパケットを渡すノードを選ぶ。中継ノードが同様の処理を繰り返すことで最終的に所望のノードにたどり着く。

 PBRVは周辺の全ノードにパケットを届ける「Geocast」と呼ぶ仕組みを持つ。例えば緊急車両が,進入しようとしている交差点近くにいるクルマ全部に対して,直進する旨を通知する場合に使える。Geocastのエリアは円,長方形などを想定しており,円形の場合は,中心点と半径を指定して送信する。