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 商品のバーコードは誰でも知っている。だが人間にバーコードを付けるなんて聞いたことがあるだろうか。ある夏の日、筆者は手術を受けた。退院の日まで外せない、名前が書かれた腕輪をはめて入院手続きは終了。それだけでもショックだったのに、手術の前日、主治医からの説明の後で、治療間違いが無いようにと足輪をはめたのだ。足輪にはバーコードが印刷され、名前、性別、年令など本人確認のためのデータが記録されている。まるでコンビニの商品のようですね、と主治医に言えば、苦笑がかえってきた。

 合理的で経済的なシステムはあらゆる壁を越えて侵入し、所かまわずはびこる。薬品の管理にバーコードは理解できる。だが病院での誤診を防ぐために、足枷のような輪を利用してもいいのか。名前さえ自分で言えない患者が多いからだ、と言う。もしそうであれば、モノとはちがう人間への尊厳を込めたバーコードを、デザインし直す必要がある。間違いを無くすためという名目で超パノプチコン(監視されている監獄)社会のシステムが、しのび寄ってくるかのようだ。本当はより多くの人手が必要なのだが。